第66回東海教育社会学研究会の報告

  報 告 : 内田 良氏
  テーマ : 「虐待防止活動は何を語り何を語らないのか
                   ~もう一つの暴力・放置へのアプローチ」
  日 時 : 2006年7月15日(土)
  会 場 : 椙山女学園大学 星が丘キャンパス 大学会館中会議室

 

 研究会では、児童虐待についての理論研究や実証研究について多くの論稿を発表してこられた内田氏から、虐待防止活動が語らないもう一つの暴力・放置を明らかにする、という趣旨での報告が行われた。

 報告は、Ⅱ部構成で行われた。Ⅰ部は「児童虐待問題の基本的性格」と題された内容で、はじめに、氏は社会問題化した虐待問題をコンパクトに整理された。 1990年代以降、日本で社会問題化した児童虐待問題の歴史的経緯を整理・概観された後、学校と虐待問題のかかわりの強化という質的な変化が見られること が示された。そして、氏は虐待防止活動が重点を置く二つの介入対象として子ども(虐待の被害者)、保護者(虐待の加害者)を抽出した上で、子どもと母親に 共通して適用される見方として、心の傷を癒すことが虐待の軽減や解消につながるという、子どもや母親の内面への着目が高まったことを指摘された。虐待原因 については、親の過去の生育暦や機能不全家族などの心理学からみた虐待原因と、近代家族批判や階層・文化の重視といった社会学から見た虐待原因があること が提示された。

 Ⅱ部は「虐待防止活動は何を語り何を語らないのか」と題され、まず安全と危険のパラドックスという視点が提示された。氏の研究方法として、虐待防止の言 説の政治性を描くことでも、言説の背後にある権力関係や無意識の構造を描くことでもなく、「もう一つの現実」を描き出すこと、もう一つの客観的実態へのア プローチを堂々と展開することが示される。そして、「回避すべき」という価値が強く含まれる「虐待」より、行為の側面に着目した「暴力」「放置」という用 語での記述・説明の重要性が主張される。それから氏は、安全になるほど危険だと感じる(安全になるほど不安を感じる)という安全基準の高まりがもたらすパ ラドクスを指摘された後、虐待についても子どもを扱う基準の高まりによって、かえって暴力や放置が「危険」な行為として浮き彫りになるのだと主張された。

 その後、「もう一つへの現実」へのアプローチが展開された。児童相談所における虐待相談の処理件数を分析され、1990年代後半以降,虐待防止活動が, 都市を中心に展開されるようになってきたこと,すなわち「『虐待』の都市化」が提示された。その上で、「虐待」は都市で起こることについて、二つの視点か らの懐疑が示された。まず、「都市化が暴力・放置を引き起こす」といった見方について、暴力・放置はむしろ伝統的なしつけ形態なのではないかという問題が 指摘された。そして、「核家族化が暴力・放置を引き起こす」という見方については、「親子世帯」(18歳未満の子どもとその親から成り立つ世帯)の実数が 減少しているということを踏まえた上で議論する必要があると指摘された。

 こうした分析の後、「虐待」の都市化は何を語らないのかが分析され、都市化・核家族化(親子世帯化)する社会は、新しい価値として暴力・放置を禁止し、そうした安全基準が逆に微細な暴力・放置を顕在化させることになるという、重要な問題を提示された。

 加えて、暴力・放置は無条件に子どもにとって有害であるとする、暴力・放置を歴史や文化から切り離した「真空地帯の暴力・放置」言説が何を語らないのか が示される。すなわち、時代や社会階層(階層文化)、都市/農村において、正当なもの(ときに被害者までもがそれを美化する)として受け継がれてきた「意 味のある」暴力・放置という行為が語られない現実が示された。

 最後に氏は結語として、暴力・放置は増加していなくてもよいし、都市化による一種の文明病である必要もないのだが、教育社会学にとって重要なのは、「増 加している、文明病だ」とする主張を相対化した上で、冷静に暴力・放置の行為を見極め、その原因や問題点を追及することであることを主張された。

 発表に続いての質疑応答では、都市には相談するところは多いが地方の子育て支援がないようなところではどうなのか、心理学という学問を一くくりに考える ことはできるのか、研究のスタンス(暴力賛成か反対か)、虐待防止活動に携わるものの大衆心理学モデルの問題性、といった論点について活発な議論が行われ た。今回の内田氏の報告から、児童虐待について、無条件に防止すべきだといった社会の見方から少し距離をおいた上で、冷静な議論の基盤を提示され、なおか つ「語られない現実」へ鋭くわれわれを導いて行くという試みが示された点で、大変有意義な研究会となった。


(文責:東海教育社会学研究会事務局・田川隆博)


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