第70回東海教育社会学研究会の報告

報 告:天童睦子 氏 (名城大学)
テーマ:育児戦略とジェンダー
日 時:2008年6月28日 (土) 15:00~17:30
会 場:南山大学・名古屋キャンパス J棟1階特別合同会議室(Pルーム)


   今回の研究会では、家族格差や文化的再生産論などについてジェンダーの視点で研究されてきた天童睦子氏から、育児戦略とジェンダーに関しての報告が行なわれた。
  まず氏は、育児という営みの現代的困難に対して具体的・実践的対応が必要であるということと同時に、育児問題を生み出す社会構造的分析が不可欠であるという課題意識を述べられた。そしてブルデューの戦略概念を参考にしつつ、育児戦略とは「日常的育児行為のレベルから、社会構造的レベルまでを貫くトータルな分析枠組み」として構成されているという。そしてそれは、日々の実践的な育児行為レベルに構造的な力関係がどのように反映し、どのように境界づけられ(類別)、その権力関係が人々のアイデンティティにどう影響を与えるか(枠づけ)、その内部の伝達過程をも分析するための概念枠組みであるということが主張された。つまり、子どもの産育を分析対象とすることで、親や家族の日常的実践だけでなく、社会に構造化された再生産戦略のメカニズムに組み入れられる構造を明らかにするという。
  以上を踏まえて本報告は、バーンスティンのカテゴリー間の境界の強弱である類別(±C)と、社会関係を統制・規制するコミュニケーションの枠づけ(±F)という分析概念を援用しつつ、育児をめぐる社会構造や家族の育児戦略の変容に関する検討がなされた。
  日本の家族役割としての育児コードとジェンダー・コードに関して、まず育児政策の変遷を、育児コードの文脈で整理すると、戦後の性別役割分業体制が強化された強い類別(+C)から、2000年代から現代にかけての「育児休業法」や「男女協働育児」の整備という流れの中で類別は弱い(-C)ものへと移行していった。一方で、現代の子ども本位主義時代の育児コードは、子どもの自主性、性を重視する統制様式であり、弱い枠づけ(-F)となると同時に、子どもの全人格が監視と統制の対象となり、親から子への絶え間ない配慮という「見えざる社会統制」の強化(+F)というパラドクスを内包していることが示された。
   次に、現代の少子化時代における再生産戦略に関して、現代の子ども中心主義の子育ては、「少ない子どもに最大限の投資」として表出し、それは経済的投資だけでなく、ことばがけ、文化的コードの伝達を含む時間と感情の投機の増強戦略を要請する。一方で日本の生産領域の実態は、社会化エージェントとしての親に、経済資源の獲得戦略と感情投資を可能にする時間資源の確保を容易に両立させることはない。これによって、子育て期の家族にとって「経済と感情のバランスシート」はジェンダー化されていく。そして同時に「格差」社会に対する現代のまなざしは、ジェンダー体制を再強化する側面ももち、それがジェンダー化されたペアレントクラシーへと子育てが変容していき、再生産戦略の個人化が加速すると主張された。結果として育児が、「我が子・我が家族中心主義」という親密権に閉ざされた家族におけるジェンダー体制の再編・再強化という、いわば個人化されたペアレントクラシーへと移行すると強調された。
   最後に、氏が以前実施した調査結果から、「仕事と育児の両立支援」は男女双方に向けた施策というより、女性の二重負担として機能する可能性が高い。さらに、子育て期の親たちを対象とした意識調査の結果から、子どもの教育期待についてはジェンダーカテゴリーを受容し、公的領域のジェンダー平等については関心が低いことは、ジェンダーの差異化を温存した社会化という再生産の強化を示していると指摘された。
   質疑応答では、親の育児戦略は拡散化傾向にある一方で、グローバル化する現代社会の中で問題として立ち現われてくるのは、ローカルな現象であるという、「育児のグローカル化」をどのように捉えるべきか、また、育児に関する法が制定されることで、育児に対する公的介入の状況分析が必要なのではないか、そして、親子関係が支配的なのか民主的なのかなど、多様な論点にかかわる活発な議論が展開された。天童氏による今回の報告は、日常行為レベルから社会構造レベルまでを含みこんだ概念としての育児戦略を、新自由主義や「格差」社会として形容される現代に当てはめ、矛盾を孕みながらジェンダー問題がカテゴリー化されている状況を理論的かつ実証的に検討されている点において、非常に有意義であった。
(東海教育社会学研究会事務局:宝来敬章)


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