第74回 東海教育社会学研究会の記録

日時:2010年7月31日(土) 15時~17時半
場所:南山大学D棟41教室
報告者:加藤 潤 氏(名古屋外国語大学)

 

「イギリスにおける一年制教職課程(PGCE)についての分析―日英比較を視点として―」

 

 今回の研究会では、イギリスの教員養成制度の中でも教職への主要なキャリアルートとなっている一年制教職課程(PGCE:Post Graduate Certificate in Education)の成立背景と実態について報告された。

 氏はまず、イギリスの教員養成制度の変遷について概観された。イギリスの戦後教員養成制度史には、1.Teacher training college、2.BEd(学部教育)、3.PGCEコース(学部後教育)という、3つのタイプの教員養成が登場する。この他にも徒弟制度に似た見習い教員制度など、様々な形で教員免許を取得できるコースが存在してきた。振り返ってみると、イギリスの教員養成は伝統的に、国家のコントロールの外で行われてきた。ところが1980年代に登場したサッチャー政権では、教員養成を大学から学校現場へシフトさせながら、教員資格審査に対する政府のコントロールを強化させていく。1992年には学校現場の教員をメンターとして学生教育に充てることや、教員養成の80%は学校現場でなされることが規定された。他方で大学教育については、1994年に設立されたTTAとOfSTEDが管轄し、厳格に視察が行われるようになった。前者の政策は学校現場と大学のコラボレーションを発達させたが、後者の政策は政府のチェックにより統制するシステムであった。こうして現在は、①PGCE、②BEd、③SCITTの3つの学卒後教員養成ルートが出来上がっており、現在の教員養成の主流はPGCEに移っている。

 次に氏は、PGCEの事例としてエクセター大学の取り組みを紹介された。まずPGCEのスケジュールについては、教育実習期間が24週にわたることや、ナショナルカリキュラムに合わせた実践的なレクチャーが行われていること、コースの修了時には視察チームによる調査を受けることなどが説明された。次にPGCEに関わるスタッフについては、直接的に実習指導に関わるUVTなどの役割が説明された。さらにPGCEの資金の流れについて、エクセター大学では年間の授業料と助成金を含めて一人5000ポンドの総経費がかかることや、実習校にも相当程度の費用が配分されることが説明された。もちろん実習校にとっては、資金的なインセンティブだけでなく、大学とパートナーとなることで教育水準が向上することも大きなインセンティブであることが示された。最後にPGCE入学生について、エクセター大学の志願倍率が教科によってかなりの偏りがあり、特に数学・理科教員の割り当て定員が相対的に高いことが示された。その原因としては、好景気によって理数系の卒業生が金融業を中心とした企業に吸収されて教育界には回らないことから、政府が市場の動向を加味して理数系の定員を多く割り当てていることが説明された。

 以上のようなイギリスにおけるPGCEの知見から、わが国の教員養成改革への示唆について言及された。まず氏は、わが国の教員養成の開放制と課程認定制度について、教員養成の間口を広げれば中身が形骸化するという開放制採用以来の宿命があることや、それへの対応として免許基準改定ごとに厳格化を推し進めて質の低下を防ごうとしてきたことが説明された。さらに氏は、開放制度は大量採用需要に応えているとはいえ、人材育成としての教職課程に投入する予算が、実際には教員にはならない(なれない)免許取得者のために投入されているという、社会的浪費の側面を強調された。こうしたわが国の教員養成の課題から氏は、PGCEのメリットとデメリットについて指摘された。まずメリットとしては、PGCEは需給関係を常に大学定員に反映させていることから市場感応性が極めて高く、その分の浪費が少なくなることや、PGCEがシステマティックな養成方式であり、政府QTSを与えることで、教員の専門性に正当性を付与していることが指摘された。一方でデメリットとしては、PGCEは大学と現場のコラボレーションによって教員養成の理想形を模索する制度になる可能性をもちながらも、結果的には極めてプラクティカルな実習主義に向かったことが指摘された。

 氏の話題提供を受けての質疑応答では、日本の教員需給の状況と教員養成がミスマッチであることや、近年の小学校教員の需要拡大に伴う初等教育コース新設の現状について議論された。さらにプラクティカルな教育内容でプロフェショナルスクール化しているPGCEのシステムを、日本の教員養成に取り入れることの是非についても議論された。

 今回の研究会では、大学で教員養成に携わる研究者も多数出席され、各大学における教員養成の実情が語られるなど、有意義な議論が展開された。

 

(東海教育社会学研究会事務局:長谷川哲也)


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