テーマ部会の発表申込み受け付け

 テーマを募集しましたところ、会員の皆さまから3つのテーマが寄せられました。それに研究委員会から提案するテーマを加えて、今年度は5つのテーマでもって発表者を募集します。「テーマ部会」は、フロンティア的なテーマの開拓、学会大会のさらなる活性化を目的にしています。会員の皆さまには、是非、「テーマ部会」での発表をご検討いただきたくお願い申し上げます。
 発表をご希望の方は、ブリテン第156号とともに送付します「大会のご案内」に沿って発表の申し込みを行ってください。ご注意いただきたい点は、それぞれ、部会を構成できるだけの申し込みがあった場合にのみ部会を開設するという点です。申し込み件数が少ない場合には、当該の部会は開設しません。テーマに関係する発表をお考えの皆さまは、是非ともテーマ部会での発表をお申し込みくださるよう、お願いいたします。
 もし、部会が開設できなかった場合、当該の部会に申し込んでいただいた方には、一般部会で発表していただくことになります。また、部会構成上、テーマ部会で発表を申し込まれても、一般部会での発表をお願いする場合もございます。発表の申し込みにあたっては、希望発表部会のひとつは、必ず一般部会から選択するようお願いいたします。
 テーマ部会については、提案者にコーディネーターさらには司会をお願いすることにしています。また、発表者が互いに発表内容を事前に知ることができるよう発表要旨の交換をはじめとした情報交換など、研究委員会でお世話することになっています。さらに総括討論の時間を十分とれるようプログラムを工夫する予定でいます。皆さまの積極的な申し込みにより、5つのテーマのすべてにおいて部会が開設できることを願っています。
 なお、部会が開設できたかどうかについては、学会のホームページにてお知らせします。5つのテーマ設定の趣旨は、以下の通りです。

(研究委員会委員長:北澤毅)

 

テーマ部会1
「教育をめぐる排除と包摂」

提案者:西田芳正(大阪府立大学)・酒井朗(大妻女子大学)

 

テーマ部会2
「学校文化の歴史社会学」

提案者:斉藤利彦(学習院大学)

 

テーマ部会3
「ノンフォーマル教育への社会学的アプローチ」

提案者:丸山英樹(国立教育政策研究所)・太田美幸(立教大学)

 

テーマ部会4
「近代教育批判の再検討」

提案者:山口毅(帝京大学)

 

テーマ部会5
「社会階層と教育研究の現状と課題」

提案者:中澤渉(大阪大学)・古田和久(新潟大学)

 


<テーマ部会1の【趣旨】と【キーワード】>
 1990年代以降の労働の劣化と格差拡大の中で、若者の雇用問題や貧困問題が深刻化し、教育にも様々な影響を及ぼしている。経済的理由による非進学の問題、家庭崩壊や子どもの自尊感情の低下などに規定されて生じている不登校や中退の問題など様々な問題が生じているが、それらは多くの若者や子どもが社会的に排除されていることを意味している。
 今日的状況下では、教育は社会参加のための基礎的条件として保障されることが強く期待されている。広井良典ら社会保障の専門家は人生前半の社会保障の充実を求めているが、その1つの柱が教育である。教育の機会均等や教育権の保障は、従来からの基本的教育課題であるが、それが社会的排除と社会的包摂という文脈で改めて注目されるようになっている。
 折しも中央教育審議会では現在、第二期教育振興基本計画について検討しているが、その柱の1つが「学びのセーフティネットの構築」である。リスクに陥らないための社会的包摂という課題をこのようなフレーズで提案していると読むことが出来る。
 それではこのような観点からみた場合、現状の教育制度のどこにどのような問題があるのか。どこで誰がどのようにして教育から排除されているのか。社会保障の充実を唱える論者は教育の重要性を訴えるが、どこにどのような問題が潜んでいるのかを具体的に分析したものは少ない。また個々の問題の構図や要因に関する突っ込んだ分析も少ない。その射程は教育制度や学校文化の問題や、あるいは学校制度と外部環境との接合の問題であると思われるが、それらはまさに教育社会学が得意としている分野である。
 反対に教育社会学の内部では、いじめ、不登校、ニューカマー、被差別部落の子どもの問題、学力低下問題など様々な問題の指摘はなされてきたが、それを社会システムからの排除と包摂という概念で包括するような議論にはならないできた。また、たとえば特別支援教育の問題なども、社会的包摂のための教育権保障という課題意識に立って論じられることは少なかったように思われる。
 従来の研究テーマを今日的な状況においてみた場合に、その射程や分析視点をどう変更させるべきか。また、排除と包摂という概念に照らした場合に、改めて注目すべき問題は何か。本テーマ部会ではこれらの課題について考えていきたい。
【キーワード】社会的排除、社会的包摂


<テーマ部会2の【趣旨】と【キーワード】>
 「学校文化」とは、一般に「学校集団の全成員あるいは一部によって学習され、共有され、伝達される文化の複合体」として定義される。従来、この「学校文化」は「学校集団によって共有される」という点から、ともすると均一的なもの、等質的なもの、規制されたものとしてとらえられてきた。
 とりわけ近代日本の「学校文化」の場合、天皇制公教育の権力性・画一性への着眼から、学校慣習や学校行事あるいは制服等を対象とする「学校文化」研究では、管理され規制されたものとしての側面が重視されがちであった。
 むろん、D.Rodenの『Schooldays in Imperial Japan』(『友の憂いに吾は泣く』1983)の旧制高等学校文化研究ように、その無秩序とカタルシスを見事に描き出した研究もあった。だが、それとてエリート養成の文化コードに回収されるものとしてとらえられたのである。
 しかし、「カルチュラル・スタディーズ」の視点をふまえるまでもなく、「文化は決して、何らかの一貫した原理で構成される統一体ではない。したがって、文化はいつも、その中に矛盾や亀裂、ねじれや妥協を抱え込みながら、構造化されていく実践的なプロセス」である。
 こうした視点に立った時、近代日本の「学校文化」の中に存在した「矛盾や亀裂」、そこから重層的な相剋の下に力動的に生み出されたものとしての「学校文化」の多様性が見えてくるのではないだろうか。
 本テーマ部会では、以上の視点に立って、日本近代の「学校文化」を主な対象とするが、今日の「学校文化」とのつながりと断裂、さらには諸外国の「学校文化」との比較も視野に入れ、新たな「学校文化」研究の地平を切り開こうとするものである。例えば「学校文化」とその表象、「学校文化」における階層秩序、「学校文化」における排除と包摂、内部と外部(サブ・カルチャー)等の個別テーマが想定されるだろう。
【キーワード】学校文化、歴史社会学、近代日本


<テーマ部会3の【趣旨】と【キーワード】>
 教育社会学研究において、成人教育や生涯学習、あるいは学校外でおこなわれるノンフォーマルな教育活動が分析対象とされることは少ない。近年の課題研究では学校教育を直接的には扱わないテーマが取り上げられることはあったが、そこでも「教育」として言及されるのは子どもを対象とする学校教育(フォーマル教育)や家庭教育(≒インフォーマル教育)であって、成人教育やノンフォーマル教育はほとんど議論の対象にならなかった。だが、学校教育が教育の中心として語られがちな日本においても、ノンフォーマル教育の社会学的分析の必要性が低いわけではない。1960年代以降の生涯教育・生涯学習論は、ノンフォーマル教育も含めた教育全体を視野に入れて展開されてきたし、学校教育の限界が指摘される中で、画一的な学校教育へのアンチテーゼとしてノンフォーマル教育への期待が高まった時期もあった。他方、初等教育の普及がなかなか進まない途上国においては、民間セクターやNGOが実施するノンフォーマル教育が重要な役割を果たしている。日本でも、在日外国人の子どもの支援や成人識字教育の領域におけるノンフォーマル教育の存在感は大きい。本提案は、これらを分析対象とする研究を教育社会学の文脈に位置づけ、ノンフォーマル教育への社会学的アプローチの輪郭を探ることを目指すものである。同時に、様々に定義されてきたノンフォーマル教育概念を整理し、議論の土壌をつくる作業もおこないたい。
【キーワード】 非公式教育、準定型的教育、生涯学習、国際教育開発


<テーマ部会4の【趣旨】と【キーワード】>
 教育社会学や隣接領域において、近代教育に対する批判的アプローチが一定の地位を占めていた時代があった。1980年代から90年代にかけて、フーコーやイリイチなどのポストモダン思想が紹介され、その知見を日本の文脈に適用する経験研究も生み出された。そこでは近代社会への全面的批判と結びついた形で、近代教育に対するラディカルな批判が唱えられていたのである。
 今日、こうした批判的アプローチは相対的に影を潜めている。ポストモダン思想の日本への導入が一段落し、近代批判は一時期の流行を過ぎたようにも見える。しかし批判的アプローチの衰退は、必ずしも研究上の吟味を経てもたらされたものではない。ある時期は全面的な批判が受け入れられ、次の時期には(学力論争や学校選択制といった)より喫緊とみなされる政策的テーマへと研究動向がシフトし、批判は空虚なポストモダンブームとして忘却されていく。こうした動きを振り返るならば、近代教育批判にどのような意義がありどこに限界があるのかという疑問には、未だ十分に答えられていないことに思い至る。
 批判の意義と限界を考えるためには、論点の整理が必要である。近代教育への批判は従来、(潜在的には)全面的な近代批判を導きがちであった。しかし全面的な批判の先に進み、批判の射程を慎重に見極めることが模索されてもよい。そのためにはたとえば、批判の営みと近代的な諸価値との関係を吟味する作業や、教育システムと他のシステムの関係を分析する作業も有用だろう。
 以上のような問題意識を踏まえ、本テーマ部会では近代教育批判の視点に立った報告を募集し、現在どのようなアプローチが可能となるかを考えたい。個々の報告は限定された対象を扱うとしても、それらを通じて近代教育批判の射程に対する認識を深めることを念頭に置く。いかなる根拠で何を批判し得るのか、その批判はどの範囲に適用されるのか。そうした問いを意識しながら、近代教育批判のアクチュアルな部分を継承することを目指したい。
【キーワード】近代教育、批判的アプロ―チ、批判の射程


<テーマ部会5の【趣旨】と【キーワード】>
 社会階層と教育の研究では,地位達成過程のなかに教育を位置づけ、出身階層による教育達成の格差、教育達成と地位達成の関連、社会移動における教育の役割に焦点をあてた分析を世界各国で蓄積してきた。1990年代以降の教育達成の階層差に関する研究をリードしたのは、教育が拡大したにもかかわらず出身階層間の格差は持続的だとする仮説であった。その後、2000年代以降の国際比較分析はこうした知見に修正を迫りつつあり、日本も例外ではない。しかし、格差縮小が事実であるにしても、それが意味するのはいわゆる「タテの学歴」における階層差の縮小である。この動きと並行して、出身階層と「ヨコの学歴」の関係がどのように変化してきたかなど、現状では分かっていないことも多い。さらに、格差を説明する理論的枠組みは十分でなく、メカニズムの理解はほとんど進んでいない。
 こうした状況において、現状理解を深めるには理論的および実証的研究の双方からアプローチしていかなければならない。そのためには、まず複数世代が捉えられた社会調査により、さまざまな進学局面における格差の趨勢を把握する作業が必要である。加えて、日本でも増加しつつあるパネル調査の蓄積や、親と子どもあるいはきょうだいをペアで捉えた家族調査も不可欠になってくる。なぜなら、格差のメカニズムを明らかにするには、教育達成の過程や親と子どもの日常的な意識や行動に焦点を当てる必要があるが、SSM調査のような成人を対象とした調査では、この側面を捉えることができないからである。教育社会学には生徒を対象とした調査研究が蓄積されてきたが、近年格段に利用しやすくなった国際比較調査(例えばPISA)は、各国の教育制度のあり方が教育の社会的不平等にどのように結びついているかを考えるうえで、この上ないデータを提供している。
 このように、社会階層と教育の問題を考えるためには、さまざまなデータセットを組み合わせつつ、複合的に現状理解を進めていくことが現実的だと思われる。本テーマ部会ではこうした関心に基づき、さまざまな社会調査データから階層と教育の現状がどのように見えるのか、この分野においてどのような方向性があるのかを検討したい。
【キーワード】出身階層、教育達成、社会調査


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