第76回東海教育社会学研究会の報告

報告者: 川北 稔 氏(愛知教育大学)
報告題目: 「ひきこもり」支援活動がもたらす社会的包摂はどのように記述されるのか―若者の移行過程と生活空間の再構築
日時: 2011年7月23日(土) 15:00-17:30
会場: 椙山女学園大学 星ヶ丘キャンパス 大学会館3階 中会議室

 

 今回の研究会では,長期にわたってひきこもり支援の研究を続けてこられた愛知教育大学の川北稔氏が,支援活動や研究の過去と現在,さらには今後の方向性について,ご自身の研究成果の紹介も交えられながら報告された。
 報告ではまず,過去から現在に至る,ひきこもりを取り巻く時代背景の変遷やそれに伴う各分野からの意味づけ,また社会学はそれに対してどのようなまなざしを向けてきたかについて説明された。
 厚生労働省のガイドライン(2010年)などで,家族以外との対人関係の喪失に着目して操作的に定義される「ひきこもり」だが,概念の境界は曖昧である。それはさまざまな領域の境界に位置する社会問題である。実際にひきこもり支援活動において用いられる意味づけを見ても「不登校の延長」や「精神疾患」,「就労支援」などのように,支援活動の背景や窓口の成り立ち,地域性や専門性の違いによって大きく異なる。
 概念的には「ニート」という言葉が2004年頃に登場して2006年には大きな注目を浴びた。この言葉は,自宅を生活の中心として社会参加の場をもたないという意味で,ひきこもりを包括する上位カテゴリーとしても捉えられるし,働いていないという意味では就労支援とも結びつくことがある。同じ2004年頃から「発達障害」という言葉もまたひきこもりとの関連で語られている。
 このような状況に対して社会学は当初「悪循環」論を重視してきた。社会規範の過剰な内面化がひきこもりを長期化させるという見方である。インタビューデータの中にもこれを支持するような語りがあり,規範意識の高さと悪循環とは確かに関係しているようである。社会学はひきこもりの自己に対するこのような厳しさとレールを外れた人に対する社会の視線の冷たさに関心を寄せてきた。
 しかしながら氏の観察においては,社会規範の内面化に着目して対象者を特定する方法では,近年さらに多様性を増す支援対象者やその支援の手法を捉えられない。そこで氏は自身のフィールド調査で得られたデータを参照されながら,悪循環論とは異なる視点から,ひきこもりとその支援活動について持論を展開された。
 まずひきこもりの概念境界の曖昧さや支援活動の包括性に,より積極的に注目して,共著書の序章に置かれた「ひきこもり」現象の定義を紹介された。それは「街の片隅に『ひきこもり』経験者の集う場を設ける支援活動や,あるいはある人々が自らを『ひきこもり』と規定しつつ語り,試行錯誤を重ねる,その諸々の社会的行為の集積として『ひきこもり』がある」というものである。
 この視点でフィールドを見ていくとNPOのネーミングも集団特性も活動内容も多様性にとても富んでいる。たとえば,社会からの就労支援の要請が強まる中で,ある支援団体は自ら手を挙げることによって助成金を戦略的に獲得しながらも,実際にはそれだけに頼ることなく,当事者のニーズから離れない支援を実現しようとしている。また行政の枠内で自由を奪われることへの危機感から,行政の言葉とは異なる「生き方支援」などといった新たな言葉を打ち出すことによって組織を方向づけていく支援団体もある。
 「居場所」を提供するのがNPOで「就労支援」を行うのが行政というわけではない。就労支援が社会的包摂として結果的に機能することもあるし,仕事という言葉が居場所に誘い出すためのきっかけとして機能することもある。若者の居場所に対するニーズを掘り起こすために仕事を利用するNPOもある。
 2007年以来,成人期の発達障害や人格障害に対する支援が実質的にひきこもり支援の対象となってきた。しかし障害に対する支援では障害種別の識別も強調されるが,ひきこもり支援では多様な対象者の混在性のなかで,その人に応じた次のステップを設定することが目標となる。
 ひきこもり支援とは結局なにか。それは「就労自立」や「治療対象」などのカテゴリーで若者を分断することなく,集団を作り,試行錯誤し,次のステップへ導くようなものではないか。
 最後に氏はひきこもり支援やその研究のあり方について今後の方向性を示された。
 研究方法論として調査対象者たちをどのように定義し,記述することができるか。どのような理論的枠組みを用いることができるか。住田(1994)は居場所を「否定的な自己アイデンティティを肯定的なものに書き換える」役割をもつものとして論じる。ただし実態的には自らをひきこもりだと自認する「ひきこもり当事者」だけでなく,そういったアイデンティティへ同一化することなく,多様な理由で居場所を訪れる若者たちも多い。この局面ではひきこもり支援にアイデンティティは関連がないとも言える。「ひきこもり」という言葉は,社会参加の困難を抱える若者が集まっていることを示し,アイデンティティの確立とは無関係に多様性を許容する場所をつくる機能をもつ。
 では支援団体は実態としてどのように若者たちに影響を与えるのか。若者たちの多くは特別な自己規定をもたずに居場所へ集まってくる。支援のあり方としても「個人の事情に触れることを避けながら共同的な営みに誘いかける」と言うように,マイナスの自己評価があればそれをゼロに戻すことはあっても,積極的にプラスに書き換えるわけではない。
 結論としては,若者は1つの空間を訪れることによって他の社会空間も含めて自己のあり方を構造化していくことができるのだと言える。1つの居場所と別の空間との対比,1つの居場所に参加する前と後との対比によって,若者は自己像や将来像を構造化していく。支援のための居場所はそのための準拠点,経由地,対比空間として機能する。
 近年では人間関係のトラブルなどによって1つの居場所にとどまることができないといったケースもある。その場合は同じ支援団体の他支部への転地などの手段を用いて,準拠点を確保できるよう工夫されている。
 質疑応答では,フロアと氏との間で有意義な意見交流がなされた。主な論点を以下に列挙する。個人誌,生活誌,ライフストーリー,ライフヒストリーの概念整理と個人誌という概念の採用理由。障害者支援活動において社会資源を増やしていくこととひきこもり支援活動において空間を再構築していくこととの類似性と独自性。ひきこもりは日本的な現象か否か。若者の「移行過程」とは具体的にいかなるプロセスを指すのか。若者自立塾のアンビバレントな意味づけ。「構造化」のより具体的なイメージ。移動とアイデンティティとの関連。人間関係の親密性のありようをより積極的に見るべきか否か。
 今回の研究会では,まず社会学に精通した氏によるひきこもり研究の包括的なレビューが展開され,教育社会学研究者にとって広い視野を与えられる有意義な機会となった。また氏の長期間にわたる地道なフィールド調査の報告からは,従来のひきこもり研究のありようを再評価する一方で,今日的に「空間」の重要性に積極的に着目することによって,今後のひきこもり研究の,新たな意義と実り多い方向性を示しているように思われた。

 

(東海教育社会学研究会事務局: 肥田 武)


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