第78回 東海教育社会学研究会の報告

報告者: 松山 有美 氏(名古屋経営短期大学)
報告題目: 米国における「保育の値段」
日時: 2012年7月28日(土) 15:00-17:30
場所: 南山大学 D棟 D43教室

 

 本報告は,米国における保育を「サービスであり,売り買いできる商品」として定義したうえで,保育の「値段」がいかに規定されているのか,について保育労働者に焦点をあてて行われた。報告は,氏がアメリカの保育労働者に実施したインタビューに基づく知見を中心に展開され,アメリカ保育システム内部のアクチュアルな課題に迫るものであった。
 まず氏は,アメリカにおける就学前教育の制度的な側面を整理することで,保育労働者を位置づけた。氏によれば,公設の保育と,私設の保育との間で役割が異なっているという。公設では,ヘッドスタート等の特別プログラムが組まれており,貧困家庭やエスニックマイノリティの子どもたちへの識字教育等がその役割とされている。他方で私設では,多様な保育プログラムが組まれているために,多様な選択肢が用意されている。その多様性は例えば,保育場所の選択にも現れており,保育所のみならず,保育者の自宅や子ども自身の自宅など,様々な場所で保育が行われているという。このように私設では,保育サービスを享受する者へ,複数の選択肢を用意することが,その役割となっている。
 加えて,保育者には,クラス担任の保育者と,クラス補助の保育者がいるという。州によって規定が異なるもののクラス担任の保育者の多くは,大学等で専門的な訓練を経た者が従事する,常勤職である。他方で,クラス補助の保育者は,特に専門的な訓練を経ていない,非常勤職の傾向がある。
 次に氏は,クラス担任とクラス補助という異なる役割を担う保育者の語りのうち,「保育労働」に対する両者の価値づけ方の差異を描き出した。
 氏によれば,クラス担任の保育者は自らの役割を専門職として価値づける傾向が高い一方で,クラス補助の保育者は自らの役割を労働者として価値づけていた。また,クラス担任の保育者は転職して流動的にキャリアを形成するのに対し,クラス補助の保育者は同一施設に留まることで固定的にキャリアを形成するという違いがある。加えて,クラス補助の保育者の中には,キャリアアップのための専門的講習への受講意識が低い者もいた。
 クラス担任とクラス補助という2つのタイプの保育労働者の語りを踏まえて,氏は同じ保育者が「保育労働」に対して異なった価値づけを行っていることについて指摘する。つまり,クラス担任は「保育労働」を,専門職として価値づけているのに対し,クラス補助は労働の一形態として価値づけていたのである。このような現実を踏まえ,氏は従来の保育研究において,問題として語られてきた保育労働外部に見られる性差や職種間階層による分断のみが問題なのではなく,保育労働内部に存在する分断こそが問題である,と結論付けていた。そして,保育労働内部に存在する分断に目をむけることで,「保育の値段」を捉えなおす作業が必要だと,問題提起を行った。
 氏の報告を受けた質疑応答では,大きく分けて3つの観点で議論が行われた。すなわち,日本の保育システムの現状との対比という観点,保育労働者のジェンダーや階層における不平等という観点,保育における市場化の功罪という観点である。
 研究者のみならず,現職の保育者も参加した今回の研究会は,日米の保育現場における,アクチュアルな課題に迫る有意義な会となった。


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