第81回 東海教育社会学研究会の報告

報告者:片山悠樹 氏(愛知教育大学)
報告題目:工業教育における「ものづくり」言説の受容過程
日時:2013年11月30日(土) 15:00~17:30
会場:名古屋大学教育学部 F演習室

 研究会では愛知教育大学の片山悠樹氏より、「工業教育における『ものづくり』言説の受容過程」というテーマで報告がなされた。氏はまず、自らがなぜ工業教育に関心を抱いたのか、その理由について、工業高校へのフィールドワーク経験に基づき、生徒の「あっさり」とした高校中退の有り方と、「ものづくり」が工業教育の「伝統」であるのかのように受容されている現象の2点を指摘した。
 本発表の目的として氏は、工業教育における「ものづくり」言説の受容過程を辿り、①「ものづくり」に対する評価の転換点とその背景、②「職業的意義」を高めるレリバントな知識の構築過程、の解明を目指すことを挙げた。1点目に対して氏は、1980年代まで工業教育における「ものづくり」がネガティブな評価を受けていたことを指摘し、それが現在の工業教育におけるポジティブな評価への転換点、つまり「自明」ではなかったことが「自明」なことへと解釈されるようになるその背景要因について探る意義があることを強調した。また2点目に対して氏は、専門高校は高卒非進学者にとって就業機会を確保する機能を担うためレリバントな知識の伝達が重要な課題であることを指摘しつつ、「ものづくり」言説の受容過程を明らかにすることで、工業教育における能力形成のメカニズムの一端を解明することが可能になると述べられた。
 本発表における分析枠組みとして、氏はBernsteinの議論を援用した。Bernsteinは社会諸集団の力学による知識の構築過程にあたり、実体レベルの知識(=「教授言説」)よりも「望ましい」価値や秩序(=規制言説)が支配的であることを指摘している。「ものづくり」言説の受容過程はその「望ましさ」の受容を伴うため、Bernsteinの議論は本発表の問題関心に応えうる枠組みであると判断した、と氏は指摘する。さらにその際の分析視点として、氏は、教師が知識の伝達者/生産者として主体的な立場にいること、また、工業教育の専門性に対する教師の認識には地域差があること(教師の認識は地域の労働市場の影響を受やすい可能性があること)を挙げた。以上の分析枠組み及び分析視点を踏まえ、氏は以下のデータを用いて分析を行った。分析で使用した主なデータは、日本教職員組合が開催する教研集会の記録(『日本の教育』及び『教育研究全国集会記録』)と、実務出版が発行する『工業教育資料』である。
 1960年代後半あたりから主に大企業による能力管理主義の推進により、工業高校の社会的要請は大きく低下していった。工業教育の意義や専門性が低下するなか、1980年代前半に工業高校の教師たちは「単なる物つくりになるような体験的学習」である「ものづくり」に対して一定の距離を取りつつ、「科学的/批判的能力」の養成を維持しようとしていた。つまり工業高校の教師たちは、はじめから「ものづくり」に対して肯定的ではなかったと、氏は指摘する。だが1980年代後半以降、生徒数急減と学科再編の波が押し寄せ、「科学的/批判的能力」養成という、現場に残されていた理念は後退し、工業教育の意義すら積極的に打ち出せない状況に陥る。こうしたなか、工業教育の再考の基盤となったのが中小企業との結びつきである、と氏は指摘する。ここで氏は、学科再編反対派のメインキャストであった東京と神奈川の事例を取り上げた。東京は製造業の中小企業の密集地域でありながら、「地元」企業との連携が強化されたのは1990年代以降であり、「ものづくり」の重要性が教師間で認識されていった。同じく工業立県である神奈川においても、「ものづくり」と類似した用語が度々登場するようになったのは1990年代以降であり、ポジティブなかたちで「ものづくり」言説が登場するようになった。このようにして、生徒数減少かつ中小企業密集地域において「ものづくり」言説は受容されていった、と氏は述べる。さらに氏は、1999年に成立した「ものづくり基盤技術振興法」に注目し、2000年以降、「ものづくり」言説が他の地域に広がり定着していくことを指摘した。さらにその議論を裏付けるため、氏は『工業教育資料』の「実践記録」の言語データを数値化して検証し、①1990年代以降「ものづくり」という言葉が頻繁に用いられるようになったこと、②1999年以前では「生徒減少率・高/中小企業密集度・高」の地域と「生徒減少率・低/中小企業密集度・低」との地域で「ものづくり」言説の使用頻度に一定の差があるが、2000年以降はその地域差が縮小したことを実証的に明らかにした。
 以上、氏の議論をまとめると、1980年代前半まで工業高校の教師たちは「ものづくり」に対して必ずしもポジティブな意見を持っていなかったが、1990年代半ばあたりから「ものづくり」言説を積極的に評価するようになった。こうした評価の転換の背景には、生徒数急減による統廃合への危機感と、製造業の中小企業との結びつきという2つの要因が考えられる。さらに教師たちは「ものづくり」言説を受容するとともに、かつて批判の対象であった「体験的学習」も積極的に評価するようになり、工業教育の意義や専門性を構築しようとした。だがその「意義」や「専門性」は専門的な知識に裏打ちされたものではなく、Bernsteinが論じているように、「ものづくり」言説に付随する「望ましさ」を打ち出すことによる構築の在り方であり、そのため1990年代後半以降の教研集会では、「ものづくり」とともに工業教育において「望ましい」理念や価値が語られるようになっている、と氏は指摘した。
 質疑応答では、「ものづくり」に対する工業高校教師の認識を一枚岩として捉えてよいのか、工業高校のサバイバル戦略としての「ものづくり」言説への同調・受容という側面から論じたときにそれは成功したと評価できるのか、さらには、工業高校などの専門高校においては知識の構築過程と実践の結びつきとのレリバントな関係性が自明になっている点が疑問である、など、多様な論点にかかわる活発な議論が展開された。今回の片山氏の報告は、工業高校における能力形成のメカニズムを言説の受容過程を通じて解明するという視点、及び、専門的知識ではなくその言説に付随する「望ましさ」に起因した工業教育の意義・専門性の構築の在り方が提起されたという点で、大変有意義な研究会であった。

(文責 内田 康弘)


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