第86回日本社会学会大会・テーマセッションの詳細

投稿日:2013年05月01日 カテゴリー:お知らせ、 カテゴリー:大会情報  投稿者:学会事務局

1社会学における進化論的アプローチの可能性

Possibilities of the Evolutionary Approaches in Sociology

①コーディネーター:桜井芳生(鹿児島大学)

  Coordinator: Yoshio SAKURAI (Kagoshima University)

②趣旨:

 「社会学の危機」をめぐる論調のなかで、無視できない論点は、コスミデス・トゥービーによる、「標準的社会科学モデル(SSSM)」批判の議論とおもわれる。社会科学においても進化生物学的な視点が不可欠であるという主張を体系的かつ精力的におこなったのは、The Adapted Mind (1992)に収録された彼(女)らの“The Psychological Foundations of Culture”であった(Google Scholarによる引用回数2664)。このなかで、彼(女)らは生物学的人間認識を基盤とし、自然科学と社会科学とをつなぐ試みを提唱した。

1990年代以降、自然科学か社会科学かという2分法は、大きく揺らぎ始めている。というのも、進化心理学や社会神経科学、行動遺伝学など、自然科学的な手法にもとづく人間行動や人間社会の研究が急速に発展し、大きな成功を収めてきたからである。そして、それに伴って、政治学、経済学、人類学、心理学、教育学、言語学などの既存の研究領域でも、進化論をベースとした大規模な地殻変動が生じている。

 これらの新しい進化論的アプローチの躍進は、脳イメージングやゲノム解読、コンピュータ・シュミレーションなどの技術的向上だけによるものではない。生物学的なるものと社会科学的なるものとが交錯する広大な領域に眼を向け、人間行動や人間社会の複雑さや戦略性を解き明かそうとしている点でも、旧来の進化論的アプローチからは大きな転換が図られている。たとえば、心のモジュール性やマキャベリ的知能仮説、心の理論、認知的ニッチ、互恵的利他主義、進化ゲーム、文化・遺伝子共進化などのアイデアは、人間社会の複雑性に迫るうえで非常に魅力的であり、既成の人間観や社会観を大きく塗り替える可能性を秘めている。

このテーマセッションでは、このような観点から、社会学における進化論的アプローチの可能性とその問題点について議論していくことにしたい。なお議論の活発化を図る目的で、進化心理学者をゲスト報告者あるいはコメンテーターとして招く予定である。

③キーワード:進化、遺伝、文理融合、健康社会学、脳イメージング

 

【2】マイノリティによるトランスナショナル・ネットワークの実証研究

  Empirical Analysis of Trans-national Network of Minorities

①コーディネーター:石井香世子(東洋英和女学院大学)

  Coordinator: Kayoko ISHII (Toyoeiwa University

②趣旨:

本セッションの目的は、ネイション構築過程で周辺化されたマイノリティの人々が、グローバル社会において展開している新たな生存戦略の事例を分析することにある。今日、かつてネイション構築過程で国民国家に包摂され尽くさなかった部分の社会や人々が、グローバリゼーションの過程で国民国家を通さずグローバル社会に参入している。マイノリティの存在が国民国家システムと「共存」してきたのと同様に、マイノリティの越境ネットワークやそこで提供される労働力などは、グローバルシステムを裏面で支え「共存」しているのではないだろうか。本セッションでは、その事例を示すことが期待される。

こうした事例の検証を通じて本セッションでは、かつて国民国家システムのもとで周辺化されたマイノリティ(移民・難民・少数民族など)は、グローバル化の進行によってさらにマージナライズされた存在となっていくのか、それとも国民国家システムの枠組みを超えて“居場所”を確保していくのかに焦点を当てて分析したい。この研究課題の設定は同時に、「グローバル化の進展により、国民国家の意味・機能は弱まったのか、それとも強まったのか」というナショナリズム研究における年来の懸案事項に、マイノリティの越境ネットワークという一側面からの事例を提供する意義を持っているのではないだろうか。

本セッションでは、たとえば①国民国家内部において少数派とされてきた宗教に基づくつながりを利用して越境ビジネスを展開する人々や、②商品化されたエスニック・イメージやナショナル・イメージを臨機応変に自己イメージとして利用して越境ビジネスを展開する人々、③さらに独自文化、ナショナル文化のどちらとも違う第三のエスニックイメージやナショナルイメージ(たとえば「(華人以外の)中国人性」や「欧米人らしさ」など)を利用してトランス・ナショナルな出稼ぎネットワークを構築している人々、④特定のネイションやエスニシティに付与されるジェンダーイメージを逆手にとって生存戦略を構築しようとしている人々などに関する実証研究の事例の発表が期待される。なお本セッションの使用言語は英語とする。

③キーワード:マイノリティ、グローバリゼーション、越境移動、越境ネットワーク


【2】Empirical Analysis of Trans-national Network of Minorities

1. Coordinator: Kayoko ISHII (Toyoeiwa University)

2. Description:

This session aims to provide and analyze empirical cases of minorities who were once marginalized in the nation-state system are now in their search for a survival strategy on the global stage. Today, minorities who have not been completely subsumed into nation-states are now beginning to participate on the global stage over the heads of nation-states. Presentations in this session are expected to examine, through an analysis of specific cases, whether minorities’ transborder networks and labor provided to global socio-economic spaces from the network invisibly coexist with the global social system, just as minorities have coexisted with nation-state systems.

Presentations in this session are expected to focus on whether minority people such as migrants, refugees, and ethnic minorities, who have been and often still are marginalized within nation-states, will be further marginalized or gain new status in global socio-economic spaces.  This session will also provide a platform for relevant sociological discussion regarding whether the nation-state system has been weakened or strengthened by the progress of globalization.

This session welcomes presentations on topics such as (1) transborder business networks of minority people that are based on transborder religious commonality that once served as a basis for their marginalization within the nation-state, (2) transborder business networks of minorities that flexibly adopt ethnic or national images that are adoptable to them by transcending national borders, (3) minorities who build transborder labor networks using a “third” ethnic or national image, such as Westernness or the Chineseness of ethnic minorities other than overseas Chinese, and (4) minority people who take advantage of specific gender images attached to national or ethnic images that they can use as self-images by transcending borders.  Presentations should include an exploration of the various survival strategies of the groups analyzed.

Presentations and discussions will be conducted in English.

3. Keywords: Minority, globalization, transborder migration, migration network

 

【3】ブルデュー以後の社会学

Sociological Theories after Bourdieu

①コーディネーター:鈴木智之(法政大学)

 Coordinator: Tomoyuki SUZUKI (Hosei University)

②趣旨:

 2002年にブルデューがこの世を去ってから10年以上が経過した。ブルデューの残した業績は理論・方法・文化・教育・階層など多岐にわたり、かつブルデュー社会学をめぐって繰り広げられてきた様々な研究の蓄積もすでに膨大なものとなっている。この意味で、ブルデュー社会学はすでにわれわれにとって共通の学問的遺産となったといっても過言ではない。しかし一方で、学問の場における一定の地位の獲得が、その成果の固定化を招くものとなってはならないだろう。この点、幸いにもブルデュー社会学をめぐっては、いぜん活発に数多くの議論が闘わされている。そこで、本テーマセッションでは、いまだ重要な争点であり続けるブルデュー社会学を、今後の研究においていかに活用することができるのか、またそれを媒介として今後いかなる研究プログラムを生み出すことができるのかについて問い直しを図りたいと考える。

 上述のとおり、その対象領域が多岐にわたるため、本テーマセッションでは、ひとつの足場として、とくにブルデューの理論・方法論に照準化し、今後いかなる社会学的研究の展開が可能かを検討してみることにしたい。この可能性を導出する道筋には、もちろんブルデュー社会学に忠実に寄り添うといった仕方もあれば、それを批判的に継承するといった仕方もある。あるいは、ブルデュー社会学に対する徹底的な反発を通して別様の可能性を模索するといった仕方も十分にありうるだろう。ブルデュー社会学の理論・方法論の検討というゆるやかな認識を共有するものであれば、そのアプローチの仕方について問うものではない。こうした多様な角度からブルデュー社会学の展開可能性を問うこと、言い換えれば「ブルデュー以後の社会学」の展望を開くこと、それが本テーマセッションの目的である。

③キーワード:ブルデュー、ポスト・ブルデュー、理論・方法

 

【4】「メディアとしてのマンガ」研究と社会学――マンガを社会学はどう語るか、社会(学)をマンガはどう語るか

Sociology and Studies of "Manga as Media": How Sociology Describes Manga, and How Manga Illustrates Society/Sociology

①コーディネーター:雑賀忠宏(神戸大学)

 Coordinator: Tadahiro SAIKA (Kobe University)

②趣旨:

本テーマセッションの目的は、マンガというメディア/表現について、(1)人々の日常的営為や社会の出来事をもその内に織り込んだものとして、このメディアの働きをいかに見定めることができるのか、(2)マンガ的表現を媒介として描き出される社会ないし社会学的アイデアのありようをいかに見出すことができるか、を問うことである。

マンガへのアプローチについては、これまでもテーマセッションとして、現代社会全体との関連(第84回大会)や、社会に生きる「ひと」との関連(第85回大会)を問うというかたちで検討がされてきた。それに対して、本テーマセッションでは、「ひと」が織りなす「営為」=相互作用がいかにメディア/表現としてのマンガによって描き出されるかに着目して、社会・社会学・マンガ研究の接点を見出す。マンガに描かれている人々の営みを社会学の問題関心からどのように説明できるか、あるいは、社会学が行ってきた人間の営為の考察をマンガによってどう表現しうるのかといった問題を明らかにしていきたい。

あくまでマンガというメディアの特質に即しながら前者の問題を問うことで、ポピュラー文化/メディア研究に対して新たな知見を提供していく可能性が検討できると思われる。また、後者の問題は、L・A・コーザーらの議論をもとに作田啓一・富永茂樹らが提唱する「文学からの社会学」(井上俊)の可能性を、マンガについて試みることでもある。文学テクストを社会学的アイデアのスケッチとして捉えるこの視角からすれば、様々な人々の営為を独特の表現手法によって描きだすマンガについても、社会学的アイデアを発見し、説明し、相対化する手段=メディアとしての可能性を問うていく意義が認められるだろう。

上記のような問題関心に基づき、メディア・コミュニケーション論や文化研究的アプローチはもとより、社会学理論や方法論に関する諸研究、社会学の諸分野および隣接領域からも、マンガというメディア/表現を見つめその意義を検討する幅広い報告を募りたい。

③キーワード:マンガ、社会学研究、相互作用、メディア、文学からの社会学

 

【5】社会学理論への時代の要請/時代の要請の社会学理論

  Societal Needs for Sociological Theories/ Sociological Theories of Societal Needs

①コーディネーター:赤堀三郎(東京女子大学)

 Coordinator: Saburo AKAHORI (Tokyo Woman's Christian University)

②趣旨:

近年、社会学の理論・学説研究は急速に衰えつつある。敢えて挑発的に言えば、その原因は次のような、これまでの理論・学説研究の硬直性にある。第一に、抽象化と晦渋化とを取り違えた結果、理論・学説研究の成果及びその重要性を社会学の他の領域へと浸透させられなかった点。第二に、問題関心が狭窄化した結果、一部の好事家の衒学趣味に応える程度の成果しか生めず、より大きな潜在的需要を発掘できなかった点。つまり自らの振る舞いがもたらした「社会学内部での孤立」および「社会学の外部からの断絶」が、理論・学説研究の窒息状態の根本にあるのである。

では息を吹き返すにはどうすればいいのか。これに関しては、本学会大会で一昨年・昨年と連続して開かれたテーマセッション「実践からの社会学理論の生成と変容」をヒントとしたい。そこでは、時代の要請に応え、社会学の理論・学説研究を進展させることの必要性が改めて確認された。この成果を踏まえ、本セッションでは「いかに理論・学説研究は時代の要請(ニーズ)に応えられるのか」という問題を提起する。

なお本セッションで採用するのは、社会学の理論・学説研究が「時代の要請」に応えるには、時代遅れな理論・学説を指弾し、時代の「現実」に即して理論・学説のリニューアルを企図するという立場ではない。むしろ既存の理論・学説に依拠し、それらの徹底を通じて新たな認識を提示するという立場である。このことを踏まえ、次のような方向性の理論・学説研究の成果を募集する。(1)近年の変化とされる「現実」を、理論・学説を通じ、通俗的理解とは別様に捉え直す研究。(2)特定の学説の背後にある目的・問題関心を解明することで、学説と「現実」との新たな関連づけを提示する研究。(3)理論・学説研究により、「現実」のほうを変える可能性を模索する研究。

世界社会学会議横浜大会の開催が来年に迫る中、上記のような方向で理論・学説研究の意義を改めて議論することは、本学会にとって有意義であるに違いない。

③キーワード:社会学理論、学説研究、社会学の公共性、再帰性、グローバル化

 

【6】ソーシャル・キャピタル論のフロンティ

Frontiers in Social Capital Theory

①コーディネーター:小林盾(成蹊大学)

 Coordinator: Jun KOBAYASHI (Seikei University)

②趣旨:

このテーマセッションでは、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)がどのような役割をはたすのかを、多角的に検討する。パットナムはソーシャル・キャピタルを、ネットワーク、規範、信頼から構成されるととらえた。たしかに我われは、友人や家族や職場といったネットワークのなかで生活し、他人を信頼し、「~してもらったら~すべき」のような規範意識をつちかう。東日本大震災で人びとの間の「絆」が強調されたことは、記憶にあたらしい。

 ソーシャル・キャピタルは、教育などの人的資本、趣味などの文化資本とならび、人びとがもつ資源の1つである。「連帯」とデュルケームがよんだものを、資源としてとらえなおしたものといえる。社会学ではコールマン、ブルデューが概念化し、家族、都市、政治、労働、移民研究などに応用されてきた。

 しかし一方で、ソーシャル・キャピタル論は輪郭があいまいなまま、ともすればイメージが一人歩きしてきたかもしれない。その結果、友人関係、コネ、ボランティア活動、地域おこし、育児支援などが、区別なくソーシャル・キャピタルと見なされてきた。

 そこで、まずソーシャル・キャピタル論の到達点を整理することが必要だろう。そのうえで、今後にむけて理論、方法、実証のフロンティアを拡大することをめざしたい。トピックには、たとえば以下のようなものが考えられる。

・理論的アプローチ(ソーシャル・キャピタルの概念化、マクロレベルとマイクロレベル、合理的選択と構造的選択など)

・方法的アプローチ(ソーシャル・キャピタルの測定、投資と回収、結合機能と橋渡し機能など)

・実証的アプローチ(事例分析、計量分析、人的資本や文化資本との比較、ソーシャル・キャピタルのダークサイドなど)

 もちろんトピックはこれらに限定されない。多様な視点からのアプローチを期待したい。

③キーワード:ソーシャル・キャピタル、フロンティア、理論、方法、実証

 

【7】「観察者」をめぐる言説――公共性、公平性、熱狂

Discourses on the "Spectator": Impartiality, Publicity, Enthusiasm

①コーディネーター:小山花子(信州大学)

  Coordinator: Hanako KOYAMA (Shinshu University)

②趣旨:

アダム・スミスは、観察者が当事者の立場に身を置いてみることによって、当事者の感覚を共有する、共感の能力について語った(『道徳感情論』)。共感の喜びへの欲求は、当事者の境遇に自分の身を置こうとする観察者の努力の源泉でもある。スミスにおいて、他人の行動を継続的に観察することで、どんな行為が是とされるべきかそうでないかを教える共感の能力なしには、道徳性にかんする一般的諸規則は形成されないのであった。自身から最も隔たった視点としての一般的視点を有する公平な観察者は、道徳性に不可欠な存在であった。

 他方で、ハンナ・アーレントは、「ゲーム」の当事者ではなく、「ゲームに巻き込まれていない」という非当事者性ゆえに、観察者には公平性が担保されていると主張している(『カント政治哲学の講義』)。しかもこの公平性は、政治的な判断力の一要件として公的領域のあり方をも規定し、そこでの言論内容に影響を及ぼしているとしている。

さらにジャン=フランソワ・リオタールは、アーレントが依拠したのと同じカントの『判断力批判』から、崇高についての分析に着目して、歴史的・政治的事象の観察者が体験する崇高な感情として「熱狂」を位置づける。リオタールが書いているように、カントは、フランス革命が「(自身は直接この勝負事に巻き込まれてはいない)あらゆる観察者の心の内」に巻き起こす「熱狂に近い、欲求の上でのある加担」に言及したのであった。

本テーマセッションでは、典型的な観察者の空間としてのメディア空間の今日的変容を背景としながら、特に公共性・公共圏との絡みにおける「観察者(spectator)」についての言説を整理することを目的とする。上のような言説の中で、観察者はいかなる存在様式として捉えられ、いかなる役割や意味を与えられてきたのか。観察者は「熱狂」しているのか、それとも冷めているのか。観察者と当事者との視点の違いは、歴史哲学的な観点からは、いかように捉えられるか。

本テーマセッションでの問題関心に共感する幅広い分野の研究者の参加と共に、アーレントやスミスらの学説研究者の参加も募りたい。

③キーワード:観察者、公共性、アーレント、スミス

 

【8】歴史のなかの貧困と社会的包摂

Poverty and Social Inclusion in History

①コーディネーター:相澤真一(中京大学)

  Coordinator: Shinichi AIZAWA (Chukyo University)

②趣旨:

 2000年代に入り、経済成長がままならない日本社会のなかで、格差、不平等、貧困の問題が焦点を当てられるようになってきた。そして、1980年代後半から90年代には注目されてこなかったような形で、貧困層を社会に包摂することへの関心が高まってきた。

 しかしながら、この関心は社会学の研究史から切り離して捉えられるべきではない。社会学は、社会における不平等や貧困に正面から立ち向かうなかで学問的に鍛え上げられてきた歴史をもつ。戦後の日本に限っても、例えば、1955年から実施されてきた「社会階層と社会移動調査」(SSM調査)も日本の階層状況を解明するために行われたものであるし、また、社会調査の歴史を紐解けば、社会学は本来、社会福祉学、社会政策学などと連携を取りながら、不平等や貧困の問題に立ち向かってきた歴史がある。そのため、現在、取り立てて新しい概念のようにも捉えられている「社会的包摂」は、決して真新しい概念なのではない。むしろ、日本社会における不平等や貧困を対象とした研究史の中には、この概念を再考するためのさまざまなヒントがあるはずである。

 そこで、このテーマセッションでは、「歴史のなかの貧困と社会的包摂」を主題として、日本の社会学史の中の保持してきた社会的包摂のあり方を、新たに現代的文脈からとらえなおすことを目的とする。具体的な研究としては、社会学的実践としての社会調査と社会的包摂/排除の相互作用の歴史的省察、過去の社会調査データを用いた二次分析などが考えられよう。また貧困問題に取り組んだ社会学者、思想家、活動家といった人々の理念や実践についての研究も視野に入ってこよう。このような多様なアイディアを持ち寄ることにより、日本社会の歴史が持っている「社会的包摂」のあり方の可能性を探りたい。

③キーワード:貧困、社会調査史、社会的包摂



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