第91回日本社会学会大会 テーマセッションの詳細

投稿日:2018年03月29日 カテゴリー:大会情報  投稿者:学会事務局

【1】マンガ研究・社会学の方法論比較  
 ①コーディネーター:茨木正治(東京情報大学)  
 ②趣旨:
 マンガ研究の方法論・分析枠組みと社会学のそれと比較することによって、視点・立ち位置の類似・相違を明 らかにして、マンガと社会・人をマンガ研究と社会学がどのようにとらえているかを明らかにする手がかりを求める。
 マンガ研究の方法論には社会学が用いている方法論や分析枠組みと接点を有するものが多い。作品研究における 言説分析やジェンダー論の援用、文化研究に基づくストーリーやキャラクターの分析、マンガの読み方や読者研究 の中では、会話分析やその背景を読み取るエスノメソドロジー研究が用いられるものもある。あるいは、量的な研 究として統計的手法が用いられたり、テキストマイニングを試みたりする研究例もある。しかしこれらは、マンガという属性をどこまで意識しているのか、あるいは援用元の諸理論・方法論が向けられた対象との比較、それに伴 って方法論が持っている特徴がどのように変化しているのかについてどの程度注意が払われ、またどのような位置づけにあるのかが、当該研究の研究動向を辿っても明らかにならないことがある。
 本企画の意図は、マンガ研究のレヴューのあら捜しをすることではない。むしろ、援用した諸理論との異同を明らかにすることが、研究そのものの独自性を高め、新たな展開を期待することができるのではないかという点にある。これは、援用元の社会学においても有意義であろう。『社会学評論』第 68 巻第 3 号の特集にもあるように、テキストマイニングという新しい手法が社会学に与えた影響は大きいものの、それは単なる問題発見的志向ではなく、目的・対象と方法との吟味、他の方法論との複合によるものであるとしている。テキストマイニングの例と同じく、マンガ研究における社会学諸理論や方法論の利用のされ方を通じて、分析視角やそもそもの前提となる価値 や判断の自覚化を促し、新たな知見の発見につながると考えられる。
 ③使用言語:日本語

【2】女性活躍はすすんでいるのか  
 ①コーディネーター:乙部由子(名古屋工業大学)  
 ②趣旨:
 男女雇用機会均等法が施行されたのは、1986 年である。それから 30 数年の間、日本社会では、女性を取り巻く就業環境の整備を大きな目的として、(育児、介護との両立も含む)、いくつかの法律が制定、施行された。近年は、働くことを希望する女性が自身の個性と能力を発揮しやすくするために、女性活躍推進法が、2016 年に施行された。現在の安倍政権においても、女性の活躍は、政策の大きな目玉の1つとなっている。企業においては、女性の管理職登用、女性が働く職種、部門の門戸を開放等少しずつではあるが、女性労働者を取り巻く就業環境が変化しつつある。だが、そういった人は、女性労働者のなかでも、ごく一部の人たちである。その一方で、女性の非正規雇用者数は、年々増加しており、女性労働者の二極化が進んでいるといえる。
 本セッションでは、女性活躍という大風呂敷を広げ、女性労働者を取り巻く現状を議論したい。一例で言えば、 女性労働者は、一方では、管理職等への登用というキャリアアップを企業が進めており、他方では、低賃金なパート、派遣等の非正規の増加、大学教員でも増えている就労期間が限定された働き方が増えている。特に、非正規という雇用形態では、相変わらず、女性労働者が多い。
 現在、国の政策の目玉の1つとして、女性活躍が声高に叫ばれているが、何をもって女性活躍とするのか、社会のなかでおかれた女性労働者の現状から、多様な視点の意見をいただき、フロアからの意見も踏まえながら、議論を深めていきたい。
 ③使用言語:日本語

【3】後期近代社会における文化遺産
 ①コーディネーター:木村至聖(甲南女子大学)
 ②趣旨:
 かつては国民国家が威信や正統性を内外に示し、そのアイデンティティを形づくるための礎とされてきた文化遺産という制度は、後期近代社会において大きく変容しつつある。消費社会のなかで記号として観光消費の対象となったり、マイノリティ集団の文化が社会的承認を得るための手段となったり、グローバルな都市間競争の加速にともなって資本を呼び込む都市のシンボルとしての機能を求められたり、さらには世界遺産という枠組みのなかで 再び国家の威信を示す道具となったりという具合にである。
 さらに今日ではユネスコの世界遺産から地方自治体ごとの文化財保護制度、学会や企業などが独自に認定・登録する○○遺産といった具合に様々な主体が様々な意図のもと文化遺産というフレームを用いるようになっているが、そこにはモノ/コトの「保存」といった部分だけでなく、「権威づけ」や観光や都市政策における「活用」といったことまで幅広い要素・諸集団の思惑が絡み合っている。こうしたなかで、文化遺産という制度、思考のフレームはもはや自明のものとなったようにも見えるが、同時に様々な軋轢や亀裂を生み出してもいる。
 そこで本セッションでは、上記のように複雑に絡まり合う「保存の意志」を現代の社会的文脈のなかで丁寧に解きほぐし、広義の文化遺産という制度が、後期近代社会においてどのような変容を遂げつつあるか、また逆にその変容から読み取ることのできる近代社会のゆくえについて、議論をしていきたい。募集する個別の報告としては、 国内外の質的事例研究はもちろん、量的研究や研究史のレビュー、理論研究も歓迎する。
 ③使用言語:日本語


【4】ヒトと動物の「社会的共生」を構想する。
 ①コーディネーター:大倉健宏(麻布大学)  
 ②趣旨:
 1. ペットに関する問題ほど意見が二分されるものは少ない。かつて社会学における「ペット研究」としてはペ ットロスと家族におけるペットを取り上げた研究が散見されたが、不思議なことにそれ以外の展開はほとんど見られなかった。このことの理由は一見すると「ヒトと動物の関係」という、社会学とは交わりにくい問題圏のもとに受け取られがちだったからである。しかし、動物やペットをめぐる諸問題をよく観察してみると、そこには「動物を媒介としたヒトとヒトの関係」という実に社会学的な問いが多分に含まれている。「動物が家族や伴侶」という考え、(法的に規定されるように)「モノ=所有物」という考え、動物を「愛護・愛玩」の対象という考え、または「リスク管理」の対象という考えが、同じ社会の中でどのように折り合いを付けつつ共存できるか、という問いである。
 2. 災害時の被災ペットの処遇の問題が「社会問題としての動物・ペット問題」を可視化した。災害後のペット同行避難では、被災ペットの対応に加えて、特殊な支援ニーズを有するペット飼育者の生活環境の確保という、対応の難しい諸課題が顕在化した。また、集合住宅でのペット飼育や街路・公園でのペット飼育のマナーやルールについても、国内外を問わずクリティカルかつポリティカルな問題として取り上げられている。他にも、高齢者のペット飼育、多頭飼育崩壊、ペットロス、動物介在療法、ペットビジネスなどの問題群が挙げられる。野生動物に関しては、希少種の保護運動や農林業における鳥獣被害対策なども視圏に入ってくる。
 3. 動物やペットをめぐっては、極端なまでに肯定的立場や否定的立場、無関心な態度を惹起しがちである。そして、 社会的な「場」や「コミュニティ」において実に “折り合いのつけにくい” 問題であるがゆえに、コミュニティガバナンス、社会福祉、住宅・居住、グラスルーツな運動などの問題領域へと結びつく。本セッションでは、上記の具体的なトピックを検討しながら、多様な立場や価値観を有する人たちの「共生」や「コミュニティ形成」の可能性について議論を深めたい。
 ③使用言語:日本語

【5】高田保馬ルネサンス
 ①コーディネーター:赤川学(東京大学)
 ②趣旨:
 社会学・経済学の巨人、高田保馬が記念碑的労作『社会学原理』を上梓して、ほぼ 100 年になろうとしている。 日本で社会学を学んだ人間ならば、高田の名前と彼が生み出した様々な社会学的仮説(法則)――基礎社会衰耗の法則、結合定量の法則、第三史観、民族周流論など――を耳にしたことはあるだろう。しかし高田の理論的知見を現代に活かそうとする社会学者は、必ずしも多くない。そのような知的状況のもと、2003 年、第 76 回日本社会 学会大会で企画された「高田保馬リカバリー」というテーマセッションは画期的なものであった。この成果はのち にミネルヴァ書房から刊行されているが、それから数えても 15 年の年月が経過している。
 本セッションは、「高田保馬リカバリー」の志を継受しつつ、高田社会学の理論的可能性を再発掘し、21 世紀の社会理論として復興させることを企図している。たとえば高田の社会学は、グローバル化が進展する世界社会、 あるいは先進国が共通の課題とする抱える少子高齢化・人口減少という現象を予見し、説明する理論として再評価することができる。あるいは高田の国家論、階級論、権力論、生産力の問題、社会的平準化の法則などの社会理論や、彼が多く残した時局評論やエッセイを、現代日本の社会・言説空間のもとで評価し直す作業を通して、日本発の独創的社会理論として世界に発信する方途を探究したい。
 また、高田社会学のエッセンスを現代社会学の最先端をなす議論、たとえば P. ブルデューの再生産論やネット ワーク分析などと交差させつつ、その理論的価値や限界を見定めることも可能かもしれない。
 高田社会学の豊穣な理論的可能性はむろん上記にとどまるものではないが、高田保馬の遺産を継承する本セッションでは、高田保馬ルネサンスの心意気を有した報告者が集うことを期待したい。
 ③使用言語:日本語

【6】進化論と生物学と社会学:バイオフォビアに対する、逆・ボーナスをもとめて、、、  
 ①コーディネーター:桜井芳生(鹿児島大学)
 ②趣旨:
 アメリカ社会学会 (ASA) に、「進化、生物学そして社会」の部会が常設されるようになってからかなりの年数が経つ。Cosmides and Tooby が The Adapted Mind において、「タブラ・ラーサ」前提にもとづく「標準的社会科学モデル(SSSM)」を批判したのがもう四半世紀前であるのは周知の事実である。だが依然として日本の社会科学(とくに社会学)において、バイオフォビア・生物(学)嫌いが大きな影響力を持っているように思われる。(社会科 学におけるバイオフォビア自体、生物学的に説明できるだろう)。
 しかし事態を過度に悲観する必要はないのかもしれない。投資家ジョージソロスがどこかで言っていたように、彼の投資戦略はファンダメンタルズによって彼が考えるところの中長期的な均衡から、人々の不合理な好みや短期的なブームによって市場が乖離したときに現在の市場から「逆張り」をする事によって大きな利得が得られるというもので、これをメタファーとしてヒントにすることができるだろう。すなわち、バイオフォビア・生物(学)嫌いの効果が大きいのだとしたらむしろそれに「逆張り」し、進化論や生物学の成果に依拠することで大きな逆方向の「ボーナス」が得られる高い蓋然性があるといえそうだ。
 というわけで、進化論・生物学・社会学の相互関連について考察検討するセッションを企画したい。日本語英語を問わず、グランドセオリーも問わず、いろいろな立場・視点からの様々なご報告を歓迎する。本年の日本社会学会大会が日本の社会学にとってバイオフォビアから脱する記念年になることを期待している。
 ③使用言語:日本語、英語


【7】社会学的知識への期待からみた現代社会と社会学-社会学 1.0 ?/ 1.5 ?/ 2.0 ?
 ①コーディネーター:樫田美雄(神戸市看護大学)
 ②趣旨:
 本テーマセッション(以下 TS)は、山本・佐藤・佐藤編『社会学ワンダーランド』(新世社、2013)所収の佐藤俊樹論文(「常識をうまく手放す」)内での氏の主張(「社会学ヴァージョン 1.5 の出番」)及び、盛山和夫『社会学の方法的立場-客観性とは何か』(東京大学出版会、2013)の両作品にインスパイアーされて構想された、「現代社会学を再定位するためのテーマセッション」である。
 佐藤俊樹氏は、常識批判を安易に裏返す「社会学 2.0」的展開に批判的である。なぜなら、現代社会は「複数の常識の複合体」であるからだ。そして、そのような社会では、一部を調べても全部はわからないので、旧来の常識の裏を行くだけの「✕✕ 2.0」的な手軽さでは確定的主張をすることはできないという。そこから、ちゃんと手間を掛けて、諸状況を個別的に調べていく「社会学 1.5」(否定の否定が肯定になるとは限らないことを前提とした社会学)が必要になると主張する。
 けれども、これは、いささか奇妙な主張だ。どのような推論にも推論的合理性自体はあるはずなので、氏の主張を肯定するためには、「複数の常識の複合体」の潜在的特徴を精密に把握したい、という人々の欲望を、背景的に肯定しておく必要がある。「正しさ」だけが、争われているのではないはずだ。そうでなければ、「(社会学 2.0 的結論が)とりあえず、正しい」と「とりあえずは言ってよいはず」なのである。
 つまり、「社会学 1.5」の価値付けの背景には「複数の常識の複合体をとりあえず一つのものと見なすような粗雑な感性への拒否感」が存在しているはずだ。 このような発見をしたとき、「社会学1.5 時代」は、社会学的知識に人々が何を求めているのか、という探究への入り口となる。  
 本TS では、「社会学 1.5 時代」の到来を疑わない。単純な常識批判の「1.0」ならもはや誰でもできるのが近代だ。 常識の裏を行く「2.0」はもうひとつの単純化に見えてしまうのが、現代である。そういう板挟み状態に現代の社会学があることを前提とした上で、「社会学 1.5」に未来はあるのか、あるとしたらどのような未来なのか、考えていきたい。即ち、現代というものが、「(社会学的)知識」に対する、どのような期待の存在で特徴づけられるものなのか、(盛山 2013)の思考も踏まえつつ、まずは、追求する(募集枠1:社会学 1.5 時代の背景について)。
 ついで、社会学1.5 時代の社会学は、「1.0」や「2.0」とどこでどんな風に異なるのか、その具体的形を展望したい(募集枠2:社会学 1.5 時代の社会学を展望する)。
 分野は限定しない。「〇〇社会学における社会学 1.5」の「〇〇」には「家族」「犯罪」「産業」「理論」「社会学史」「エスノメソドロジー」何だって入るだろう。会員諸氏の奮っての応募を期待したい。
 ③使用言語:日本語

【8】社会思想・理論と紛争・運動・デモ
 ①コーディネーター:濱西栄司(ノートルダム清心女子大学)
 ②趣旨:
 本セッションは、昨年度の日本社会学会テーマセッション「社会学理論と運動・紛争研究」を部分的に引き継ぐものである。(昨年度の「趣旨」でも述べたように)もともと社会学は、闘争や紛争、群衆、抗議、革命、組合、 団体、運動について積極的に論じてきたが、社会学の専門分化、及び、おおむね 1990 年代以降の運動・抗議研究の中範囲理論化のなかで、社会学理論と社会運動研究の結びつきは薄れていった。ただ近年、「アラブの春」やオキュパイ運動の伝播、排外主義運動のグローバル化、また欧米中心の運動理論の無批判的な拡張への不満などを背景に、両者を結びつけ直そうという動きも世界的にみられるようになっている――日本でも従来の運動理論への違和が語られ、また理論研究の再活性化の必要性も改めて聞かれるようになっている。
 同時に、アクターネットワークセオリー(ANT)やアセンブラージュ論、パフォーマティビティ論、新実在論・ 新唯物論のような理論・思想(哲学)と運動研究(やデモ研究)を接続するような新しい取り組みも国際的なレベルでみられるようになっている――たとえば Social Movement Studies 誌の ANT 特集等。
 そこで本セッションは、広く社会思想・社会理論と、紛争や運動、デモ等のアクション(直接行動や集会、裁判・ 署名・ロビー等の活動)とを、結びつけるような研究報告を募集することにしたい。ある社会思想における抗議や抵抗の位置づけ、またある社会理論における運動やデモの位置づけ等、具体的事例を取り上げない抽象的なレベル での報告であっても構わない。同時に、現実の運動・紛争のなかに存在するさまざまな(革新的、保守的)思想、 体系的な思考やイデオロギーに関する研究報告なども歓迎したい。いわゆる社会学理論と運動・紛争に関する研究もひきつづき募集している。
 ③使用言語:日本語

【9】原子力と放射能をめぐる分断の実態と共存への道
 ①コーディネーター:成元哲(中京大学)
 ②趣旨:
 2011 年に発生した福島第一原発事故は社会のあり方をめぐってさまざまな分断を生み出したが、今日、その多くは解消されるどころか、固定化し、拡大しているように見える。分離避難を続ける家族でも、新たに避難指示が解除された地域でも、あるいは原発再稼動問題にかかわる全国的状況としても、異なる認識をもつ人たちがきちんと話し合うことすらできない状況が続いている。仲のよい家族でも放射能の話はできない、自分自身の中でも葛藤 が大きすぎて考えることができない、といった例もある。単純な対立ではない、コミュニケーション不能な状態をここでは分断と呼んでいる。
 このような分断は特異な現象とはいえない。公害の歴史などにも似た状況はあった。とは言え、原子力と放射能に関しては、さまざまな分断の上に各種政策が推進されてきたのであり、その延長線上に今日があるともいえるのではないか。多くの場合には、問題点に関する公論形成の場が設けられることはなく、異見をいう科学者は周縁に追いやられてきたのであった。原発をめぐる受益圏と受苦圏の対比に関する指摘、原発立地の経済的見返りと地域の利害対立、反原発運動などの主張に関しても同様であった。
 本セッションでは、原子力と放射能をめぐる分断に注目し、複数の具体例を照会しながら、分断の発生過程を分析し、克服するための糸口を探ることを目指している。歴史的あるいは現在の事例における分断の実態の記述、分断の原因や背景に関する分析、さらに分断を解消し、共存へと向かわせる状況変化や働きかけの探求など、考察の仕方は多様にあると思われる。多様な事例/さまざまな視角を通じて分断を解決し社会の成立を可能とする報告を募りたい。
 ③使用言語:日本語

【10】新たなる経験の社会学に向けて
 ①コーディネーター:磯直樹(慶應義塾大学)
 ②趣旨:
 社会学の歴史を振り返るとき、現在から見た古典的研究の著者は、当時の新しい社会的経験(experience)から重要な着想を得ていたことが認められる。あるいは、社会学者が同時代の新しさと向き合うことで、社会学の歴 史がつくられてきた側面がある。他方で、同時代か否かに関わりなく、過去の史料の発掘も含めた新しい経験的 (empirical)データの分析を通じ、社会学者は何らかの新しさを提示してきた。この後者の場合、「新しさ」はデータや情報が新しさなのか、それとも理論的知見の新しさなのか、という問いを伴う。本セッションでは、経験と経験的なものの新しさと社会学研究の新しさという二重の「新しさ」を共通のテーマとして掲げ、「新たなる経験の社会学」として以下の3つの問題を議論する場としたい。
 一つ目は、社会学の研究において社会的経験ないしは経験的データの新しさとは何か、という一般的な問題であ る。先行研究に対して、あるいは自他の経験について「古い」という判断をした上で自らの議論の新規性を正当化することはいかにして可能だろうか。現在の経験に「新しさ」を見出すことは、過去の経験の解釈ないしは忘却とどう関わるだろうか。
 二つ目は、「新たなる経験」を前にした過去の理論の位置付けである。私たちは、過去の理論が未来を先取りしていたがゆえに新しい経験の分析に有用であるとして、過去の理論にアクチュアリティを見出すことがある。あるいは、新しい経験が実は古い経験であるがゆえに、過去の理論がその経験の記述・分析に有用であると考えることもできる。
 以上の2点に対し、三つ目は理論的創造に着目するものである。抽象度の度合いにもよるが、理論には一般にある程度の体系性が必要であり、未見ないしは未発の事象を説明する知見が求められる。「新たなる経験」を先取りする理論はいかにして構想できるか。あるいは、過去の理論に対する理論的批判を経て新たなる理論を提示する試みをいかに行うか。
 本セッションは、以上の3つのいずれかの観点からの研究報告を募集する。
 ③使用言語:日本語