第91回日本社会学会大会 研究活動委員会企画テーマセッションの詳細

投稿日:2018年03月29日 カテゴリー:大会情報  投稿者:学会事務局

【1】「社会の臨界」を巡る社会調査と公共社会学
 ①コーディネーター:西城戸誠(法政大学)
 ②趣旨:
 近年、震災や復興に関する議論がなされ、実学と対比される形で社会学の「実践的な役割」が問われるようになった。また、価値や規範の相対化、脱構築を続けてきた社会科学の一つとしての社会学も秩序構想の学としての「公共社会学」が提唱されているように、規範科学としての社会学が模索されている。
 一方で、社会学の分析対象である「社会」の境界は、さまざまな要因からその境界が不確定なものとなるがゆえに、 「社会」の境界自体を再構成する動きとそのプロセス(=「社会の臨界」)を議論する必要が迫られている。その背 景には、社会学の分析対象である「社会」の境界のかつてない不確定さと揺らぎ、それらを固定化しようとする諸力の強まりがある。ゆえに、「社会」の境界自体を再構成する動きと多様な要因、そのプロセス(=「社会の臨界」)を公共的に論じ、共に参与する方法論が求められている。
 本セッションでは、社会調査が「社会の臨界」を確定させる営みであることに着目する。それは社会への視点の固定化と同時に当該社会に対する規範基盤を潜在的に構築している。つまり「社会の臨界」を巡る社会調査は、規範科学としての公共社会学のあり方と接続するだろう。
 「社会の臨界」を巡る社会調査にはさまざまなイシューがあるが、例えば、社会的なるものを規定する市場と社会、 社会(制度)の枠組みを決める社会政策、社会の存在論的基礎を揺るがす自然的なるものの存在などが想定される。 本セッションでは、さまざまなイシューにおける「社会の臨界」を確定させる規範基盤がどのように構築され、どのような社会的背景から成立しているのかを議論することで、テーマや現場特有の問題に配慮しながらも、「社会の臨界」を規定する要因や規範基盤を確認し、それが「実践的な役割」を担う社会学の方法論とどのように関連付けられるか、「社会の臨界」を巡る社会学の方法論も考えていきたい。
 ③使用言語:日本語

【2】社会学にとって<沖縄>とは何か、沖縄にとって「社会学」とは何か
 ①コーディネーター:野入直美(琉球大学)
 ②趣旨:
 沖縄についての研究や沖縄をフィールドとする調査が社会学の領域でさまざまに展開されてきている。本テーマセッションでは、登壇者は、各自の社会学的研究について話題提供を行った上で、<沖縄>に取り組む研究の実践が、社会学にとってどのような意味や可能性を持ちうるのかということについて、それぞれの研究を踏まえて論点の提示を行う。沖縄からは、オーラル・ヒストリーを用いた市町村史の編纂など、地域の成り立ちや集合的記憶に実践的にコミットする仕事をしている在野の研究者を招き、沖縄における記憶と記録をめぐる現場が「社会学」に期待することは何かということを語ってもらう予定である。
 沖縄についての研究、沖縄において行われてきた研究をめぐる個別の議論だけでなく、社会学にとって<沖縄 >とは何か、また、沖縄にとって「社会学」とは何かを、さまざまな知的実践の立場から議論する場としたい。
 ③使用言語:日本語

【3】国家神道なるものと戦後の日本社会  
 ①コーディネーター:寺田喜朗(大正大学)
 ②趣旨:
 国家神道というタームを人口に膾炙させたのは村上重良である(村上 1970)。村上は、戦前期の日本を「天皇崇拝と神社信仰を一体化した新しい国教である国家神道が、全国民を精神的に支配した時代」だったと論じている(村上 1982)。島薗進は、村上の国家神道論を微修正しながら継承し、「第二次世界大戦後の国家神道はたとえ「解 体」されたとしてもけっして消滅したわけではなかった」「国家神道は戦後も存続し続けて今日に至っている」と 論じている(島薗 2010)。
 これまで国家神道については、主に近代史ならびに神道史を専攻する研究者(中島 1977、宮地 1977、安丸 1979、赤澤 1985、阪本 1994、新田 1997、高木 1997、山口 1999 等)から検討がなされてきたが、2000 年代以降は、これに加えて思想史・宗教史・民俗学・地域社会史等、様々な分野から議論が提出されている(磯前 2003、子安 2004、昆野 2008、畔上 2009、林 2010、井上 2011、藤田 2014、小島 2016 等)。
 一方、社会学の立場から、日本社会における<国家神道なるもの>を検討した試みは稀である。神社合祀や社会運動論の文脈で言及されることはあっても、国家神道というタームの社会学的な意味での有効性や妥当性、あるいは射程や限界、戦後における存続(存在形態)や位相(社会的布置)について総合的な検討が加えられたことはな かった。内外のメディアで、安倍政権と日本会議・神道政治連盟との密接な関係が喧伝されている現在、日本社会と国家神道なるものの関係について検討を試みることには一定の意義があるのではなかろうか。
 よって、本セッションでは、①国家神道というタームの有効性・妥当性、②国家神道なるものの戦後社会における存続(存在形態)と位相(社会的布置)について総合的な検討を試みたいと考えている。
 ③使用言語:日本語

【4】トランスローカリティと代替的ライフスタイルの理解に向けて
 ①コーディネーター:羽渕一代(弘前大学)
 ②趣旨:
 本テーマセッションの着想は以下の研究動向から得ている。
 若者の人口流出が人口に膾炙し、2000 年代に人口減少が社会問題化されたことから、地方の若者のライフスタイルや価値観などの把握が社会的要請となった。これにより、地方都市の状況が報告されてきた(原田 2014、貞 包 2015 など)。阿部真大の『地方にこもる若者たち』(2013)を嚆矢として、都鄙構造の解体、時間・空間感覚の変容、交流人口(関係人口)への注目など、新しい状況が次々と報告されている。
 轡田竜蔵の『地域暮らしの幸福と若者』(2017)では、三大都市圏に対する地方という二項対立モデルではなく、地方圏を地方中枢拠点都市圏とそれ以外の条件不利地域圏とに分類し、三層構造モデルを提出している。「地方」と一口にいっても多様なリアリティを持っており、どのような地域を選択してもそれぞれの固有の状況がある。しかし、おそらく地方中核都市については、さまざまな論者が指摘するとおり、ある種のライフスタイルの傾向が見出せる。
 また、条件不利地域に関しては、限界集落や消滅集落などに関する社会学的な報告が積みあがってきた(山下 2012、2014 など)。 また、人口についても、若者が実際に移動しているのかどうか(地元志向となってむしろ移動しなくなってい るのか)、条件不利地域が実際に活力を失っているのかどうか、その「活力」や「活性化」とは何を指示しているのか。地域おこし協力隊のような制度がどのような状況にあるのか。地方在住者たちの生活に関わる価値観や地域 観はどのようなものであるのか。
 個々の事例から多くの仮説が導出されているが、その検証をおこなってみたい。とくに地域社会と若者の移動、代替的ライフスタイルに関わる総合的理解と理解枠組のオルタナティブを模索してみたい。
 ③使用言語:日本語