第62回 日本比較教育学会 The 62nd annual conference of the Japan comparative education society (JACE).

大会日程

2026年7月3日(金)~5日(日)立命館大学衣笠キャンパス


シンポジウム・課題研究(敬称略)

公開シンポジウム
アジア・アフリカの<狡知・規知・統知>から近代学校教育を問い直す

「日本で暮らす多くの人々は、もう長い間、その日その日を紡いでいるといった感覚と は無縁の生き方をしている。あるいは、明日どうなるかわからないといったゾワゾワを 封じるために、社会全体でいまの延長線上に未来を計画的・合理的に配置し、未来のた めに現在を生きることがまるで義務であるかのように生きている。安心・安全が予測可 能性と深く結びつき、よりわかりやすい未来を築こうと制度やシステムを高度化し、将 来のために身を粉にして働く。これに反する生き方は基本的に、社会不適合で「ダメな」生き方だと考えられている。」

―小川さやか
『「その日暮らし」の人類学―もう一つの資本主義経済』

 本シンポジウムは、近代学校教育が前提としてきた知の正統性を問い直し、人間形成をめぐる知の複数性とその交錯を再定位することを目的とする。近代学校教育は、国家と社会を支える制度として発展する過程において、「正統的知識」「望ましい主体形成」「規範化されたライフコース」を提示し、人々の生に大きな影響を与えてきた。すなわち学校教育は、人々を一定の価値体系へと方向づけると同時に、そこから逸脱する者を周縁化する作用をも担ってきたと言える。今日の日本社会において顕在化している不登校、引きこもり、進学・就職への不安、さらには「将来」のために「現在」を従属させる時間感覚に象徴される息苦しさは、こうした近代教育の延長線上に位置づけることができるであろう。
 本企画では、このような近代学校教育を相対化するための視座として、「狡知」「規知」「統知」という三つの概念に着目する。「狡知」とは、人々が日常的実践のなかで状況に応じて編み出す、生を切り拓くための実践的知を指す。「規知」とは、宗教的・倫理的秩序に支えられ、人間を「善く生きること」へと方向づける知である。そして「統知」とは、国家や制度による統治の作用が内面化され、人々の認識や行為を方向づける知の形態を意味する。本シンポジウムでは、これらを固定的なカテゴリーとして捉えるのではなく、社会のなかで相互に交錯し、ときに緊張し、ときに補完し合いながら、人間形成に深く関与する動態的な知の様態として位置づける。
 本シンポジウムでは、まず、小川さやか(立命館大学)による基調講演を起点として議論を展開する。小川は、文化人類学的アプローチを通じて、タンザニア社会における人々の関係性のなかで生成される実践的知を検討し、「狡知」を軸としながら、それが規範や制度といかなる関係を結んでいるのかを論じる。これを受けて、久志本裕子(上智大学)が応答報告を行う。久志本は、マレーシアを含むイスラーム社会を対象とする地域研究の立場から、「規知」を中心に、宗教的人間形成が、時に制度化され、また時に制度をすり抜けながら伝達されていく様相について検討する。文字化・体系化可能な部分は近代学校制度へと取り込まれうる一方で、信仰や倫理、心のあり方といった人格的関係性や身体的実践を通じてのみ継承される宗教的知は、制度化や評価の枠組みには容易に回収されない側面を有している。久志本は、そのような宗教的知が、制度を支えながら同時に制度を逸脱する両義的性格を有している点に着目し、「規知」と「狡知」の交錯として捉えることを試みる。つづいて、小川佳万(広島大学)が応答報告を行う。小川は、中国の教育政策を事例として、多様な地域・民族を包摂する国家統治の作用に着目し、それが人々の認識や行為の内部にいかに浸透しているのかを、「統知」の観点から分析するとともに、人々の実践的知との相互作用を検討する。
 以上の三つの議論は、それぞれ異なる地域研究および方法論に立脚しながらも、学校教育の枠組みのみに還元されえない学びと人間形成のあり方を提示するものである。本シンポジウムでは、「狡知」「規知」「統知」の交差と連関を通して、近代学校教育が依拠してきた知の正統性そのものを問い直したい。さらに、学校制度を中心として構築されてきた従来の比較教育学の枠組みを再検討し、教育をより広範な社会的・文化的実践のなかへ再定位するための理論的可能性を探究する。

報告者
小川さやか(立命館大学)
人類学的アプローチから、タンザニア社会における零細商人マチンガに着目し、人びとの関係性の中で生成される生き抜く狡知と学びの実践に着目する。さらに、こうした実践的知が社会的規範や制度的枠組みとどのように交錯しながら形成されるのかを検討する。
『チョンキンマンションのボスは知っている―アングラ経済の人類学』(2019年、春秋社、第8回河合隼雄学芸賞および第51回大宅壮一ノンフィクション賞受賞)
『「その日暮らし」の人類学―もう一つの資本主義経済』(2016年、光文社新書)
『都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(2011年、世界思想社、第33回サントリー学芸賞受賞)

久志本裕子(上智大学)
イスラーム社会を中心とする地域研究の立場から、宗教的規範や倫理秩序が教育の内容と形式をいかに規定しているのかを検討する。さらに、こうした規範的知が日常的実践の中でどのように解釈され、具体的な学びとして体現されるのかを明らかにする。あわせて、宗教的規範と社会的・制度的枠組みとの関係に着目し、複数の知が交差する教育のあり方を考察する。
『変容するイスラームの学びの文化―マレーシア・ムスリム社会と近代学校教育』(2014年、ナカニシヤ出版)

小川 佳万(広島大学)
中国における少数民族教育を事例として、教育制度論のアプローチから、多様な地域や民族を統合する国家において、教育制度がいかに統治の作用を担い、人々の認識や行為の枠組みとして内在化されるのかを、「統知」の観点から分析する。その際、「上有政策・下有対策」に見られるような人々の実践的知(狡知)や人間形成(規知)との関係にも目を向け、制度的統治と現場の応答が交錯するなかで形成される複数の知の相互作用を考察する。
『社会主義中国における少数民族教育: 「民族平等」理念の展開』(2001年、東信堂)

司会/ディスカッサント
羽谷沙織(立命館大学)

課題研究Ⅰ
「コンピテンシー・ベースの高等教育改革の日仏比較 ― 中等教育・職業教育との接続を手がかりに ―」

司会者:細尾萌子(立命館大学)
報告者:ファビエンヌ・マイヤール(Fabienne Maillard)(パリ第8大学)
     フランスの高等教育におけるコンピテンシー・アプローチ:歴史、目的、限界
     L'approche par compétences dans l'enseignement supérieur français : genèse, objectifs et limites
    松下佳代(京都芸術大学)
     日本の高等教育におけるコンピテンシー・ベース教育の位置づけ
     ― 学問分野による多様性と政策による共通性 ―
指定討論者:堀江未来(立命館大学)
通訳:田川千尋(大阪大学) 大場淳(広島大学)

趣旨説明
 近年、OECDやEUをはじめとする国際機関による教育政策の方向性を背景として、「知識を活用して実践する力」を重視するコンピテンシー・ベースの教育改革が、多くの国で展開されている。高等教育においても、少なくとも政策言説や制度的枠組みのレベルにおいて、知識の伝達を中心とした教育モデルから、学修成果を明示化し、社会的・職業的実践につながる能力の育成を重視する教育モデルへと、一定の転換が観察される。
 しかしながら、このような転換は、知識とコンピテンシーの関係をどのように捉えるのか、大学教育にいかなる役割を期待するのか、さらには教育と職業との関係をいかに再構成するのかといった、根本的な問いを含んでいる。
 本課題研究では、こうした国際的動向を背景に、日本とフランスの高等教育におけるコンピテンシー・アプローチの受容および実践のあり方を比較検討する。両国を対象とする理由は、①コンピテンシー概念が異なる政策的課題への対応として導入されてきたこと、②その定義や運用をめぐる制度的枠組みおよびガバナンスの構造が大きく異なること、③中等教育および職業教育との接続の制度的位置づけや象徴的意味づけに顕著な差異がみられることにある。
 以上を踏まえ、本研究では、①高等教育政策におけるコンピテンシー概念の受容とその位置づけ、②大学現場におけるカリキュラム実践とそこで生じている課題、③中等教育および職業教育との接続のあり方、という三点を中心に検討する。
 そのうえで、コンピテンシー・ベースの改革が、学生の学びを実質的に支える制度的装置となりうるのか、それとも知識をコンピテンシーに従属させ、大学教育の意義そのものを変質させる方向に作用するのかという問いを、日仏比較を通じて批判的に検討する。これにより、高等教育における「知の実践化」の意味、その多様な用法、そして限界を明らかにすることを目的とする。

報告者・指定討論者紹介
ファビエンヌ・マイヤール:パリ第8大学名誉教授。専門は、教育社会学、高等教育改革、職業教育政策。フランスにおける教育と労働市場の関係、コンピテンシー・ベース改革、資格制度改革に関する研究を牽引し、高等教育政策の批判的分析において国際的に高い評価を受けている。現在の研究課題は、フランス高等教育におけるコンピテンシー・アプローチの制度的展開とその社会的・教育的影響。

松下佳代:京都芸術大学教授、京都大学名誉教授。専門は、大学教育学、教育方法学。初等・中等教育とも関連づけながら、大学教育におけるコンピテンシー、学習評価等の批判的検討を行い、日本の大学教育改革において理論・実践の両面で大きな影響を与えている。近著に、『測りすぎの時代の学習評価論』(2025)、『〈新しい能力〉は教育に何をもたらしたのか―資質・能力ベースの改革を飼いならす―』(編、2026)。

堀江未来:立命館大学教授。専門は、国際教育学、異文化間教育学、高等教育論。2017年から7年間立命館学園附属校の校長を兼任、2023年度よりグローバル教養学部教授。異文化体験を通した学びと成長を促進する教育プログラムの設計・実施を中心に、初等・中等・高等教育にわたる教育改革に幅広く取り組んでいる。現在の研究課題は、異文化感受性の発達を促すグローバル教育実践を通じたDEIコンピテンシーの育成。

本課題研究は、「フランスにおけるコンピテンシーの内容と育成・評価法:学校間接続の視点から」(基盤研究(B)24K00380、代表者:細尾萌子)の成果の一部である。

課題研究Ⅱ
「つながる時代の比較教育学を問い直す(3)―「共通性」を模索するプロセスとしての比較教育学―」

司会者:秋庭裕子(一橋大学) 荻巣崇世(東京大学)
報告者:佐藤仁(福岡大学) 橋本憲幸(山梨県立大学) 林寛平(信州大学)

 今期の研究委員会は、3年間の研究テーマとして「つながる時代の比較教育学を問い直す」を設定し、学問としての比較教育学を多角的に議論している。これまで、「COVID19は比較教育学に何を問いかけたのか」(第60回大会)および「教育実践とのつながりを考える」(第61回大会)をサブテーマに課題研究を行ってきた。そこでは、日本の比較教育学と、対象とするフィールドや研究を還元する社会(教育実践)とのつながりを議論してきた。3年目の本課題研究では、視点をより「内」に向けて、日本の比較教育学研究の中でのつながりを検討する。
 日本の比較教育学の特徴は、多様化、多元化、複層化といった言葉で語られることがある。多様なディシプリンや方法論が混在していること、地域研究を軸に各国・地域の差異に迫っていること等については、多くの比較教育学研究者たちが肌で感じていることであり、先行研究(例えば、山田肖子・森下稔『比較教育学の地平を拓く』東信堂、2013年)においても実証的に確認されてきた。それが日本の比較教育学研究の土壌を豊かにしてきたことは間違いない。他方で、多様さの強調や差異の先鋭化によって、研究間のつながりが希薄にはなっていないかという疑問も残る。ある国・地域の研究という枠や、開発系や国際交流系といった括り方が、時に枠や括りを超えた研究のつながりを停滞させてはいないだろうか。そして、それぞれの研究が対峙する参照軸や「共通性」が見えない中で、比較教育学研究者たちは何をベースにつながるのだろうか。
 さて、学問論の問い直しの作業は、問い直す対象が存在して初めてスタートするのが一般的である。例えば、教育方法学における「授業研究」や教育経営学における「学校の自律性」等。それらと比した場合、日本の比較教育学には、多くの研究の参照軸となるような理論やコンセプトが明確には存在しない。ただし、それ自体は問題ではない。なぜなら、日本の比較教育学はそれらが定位されていないからこそ、様々な方法論や視角を示し差異を強調することで、問い直すという作業を皆で展開することができる。誰しもが比較教育学を問い直す「プロセス」がそこには内包されているのかもしれない。
 ただしそのこと自体は、日本の比較教育学が参照軸や「共通性」の模索を捨象してよいことを意味していない。多様性や差異性に支えられたプロセスにおいて、「共通性」(理論、政策インプリケーション、傾向、命題等)を追究する営みが加わることで、私たちの研究がつながり、さらに比較教育学研究の土壌が豊かになるのではないだろうか。「共通性」に基づく、「共通性」を目指す、「共通性」を見つけるということ自体に改めて向き合い、はたしてそれがどれほどの意味を有するのか、そこに潜む可能性と限界はどこにあるのかを議論することは、つながる時代の比較教育学を問い直す作業として、大きなチャレンジである。3年間の研究委員会の活動の総括として、本課題研究では皆でこのテーマを議論していきたい。