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会長再任に当たって

大塚 豊

日本比較教育学会 会長 大塚 豊

先般の東日本大震災により二万数千人にものぼる死亡者・行方不明者という甚大な人的被害が生じました。福島原発事故の余波も大いなる不安や心配を引き続きわれわれに与えています。幸いにして(などと言うと不謹慎の誹りを免れませんが)、身体的被害という点では、本学会の会員諸氏の中からはお一人の3.11の被害者もでませんでした。但し、精神面は言うに及ばず、研究インフラ面での被害については報告を受けております。この場を借りて、震災により被害に遭われた会員諸氏に対して、心からのお見舞いの気持ちを表したいと思います。学会として、今回の災害に対して何を為し得るか、義援金の募金も含めて、いろいろ考えもしました。しかし、長い目で見れば、単発的なイベントよりも、むしろ本来のわれわれの使命ないし職務を淡々と、いや今まで以上に真摯に続けていくことこそむしろ大切なのではないかと考えた次第です。また、今回の第47回大会前日に開かれた常任理事会では、スマトラ沖、ハイチ、四川と近年だけをとっても大地震や津波の被害を被った地域はわが国以外にもあることから、これらの地域も含めて、天災や災害が教育に与える影響およびそれらを克服する上で教育が果たしうる役割についての比較研究といったテーマでの研究の可能性について論じられました。これは初代会長の平塚益徳先生の口癖であった「Basic, Academic, Long term(基礎的、学術的で、長期にわたる)」研究という精神にも合致するものであり、わが学会にふさわしい研究上の目標ではないかと考えます。

本年、2011年という年は十干十二支で言えば、その28番目の辛卯(「かのとう、あるいは「しんぼう」)の年に当たります。中国後漢の時代に編まれた『白虎通』など物の本によれば、「辛」の文字はまさに「辛い」「苦しい」の意の他に、下に抑えられていたエネルギーが上に向かって吹き出す様を表すものであり、また「殺傷の意を含む」とのこと。一方の「卯」の字には茅が萌え出し繁茂する様を示し、ここから大災害や天変地異を含む思いがけない事態の出現と結びつけて解釈される年でもあるようです。思いがけないことと言えば、われわれの身近においても、会長として本学会の発展に大きな貢献をなされた馬越徹先生が、去る4月7日に享年69歳で逝去されました。先年より肺ガンの病魔と闘っていらっしゃいましたが、薬石効なく、彼岸へ旅立たれたのです。心から哀悼の意を表し、ご冥福を皆様とともにお祈りしたいと思います。大会では、大会実行委員会のご厚意もあり、有志により馬越徹元会長を追悼する記念展示の場が設けられ、馬越先生を偲ぶよすがとなったのではないかと考えます。

さて、3年前の会長就任に際して、三つの約束というか、目標を掲げました。一つは比較教育学という学問の守備範囲を学会として措定する手段として、『比較教育学辞典』の編纂を行うこと、二つ目は学会ホームページの充実、第三にとくに近隣の関係学会との連携・交流強化であります。第一の目標については、準備および実施の可否をめぐる検討に1年を費やし、実質的な執筆・編集に2年をかけ、昨年の大会では、この大会までに完成品をお見せすると大言を吐きました。編集委員の方々とともに、できる限りの努力はしたつもりでありますし、何でも震災のせいにしてしまう昨今の風潮に同調するわけではありませんが、震災も確かに間接的な原因の一端となったことも含めて、未だ刊行には至っておりません。ようやく大会数日前に初稿ゲラを執筆者各位にお送りできたところです。原因はどうあれ、違約は違約、大変申し訳なく思っており、この場を借りて深くお詫びを申し上げるとともに、出版社のこれまでにも増したご協力を得て、可及的速やかな刊行を願うものです。今しばらくのご猶予をいただきたく存じます。

他の二つの目標であったホームページの充実および近隣の関係学会との交流強化も、会員各位から及第点をいただけるレベルからはほど遠いとは思いますが、学会紀要創刊号からの電子化およびホームページ上での公開や、近隣諸学会との紀要交換をはじめとして、それなりに進めて参りました。ホームページ、ニュースレターなどを通じてご確認いただければと思います。もしも、これらの仕事、さらには華々しくはありませんが、日常的な学会事務の維持運営において見るべきものがあったとすれば、それはひとえに会員の皆様からのご鞭撻、ご支援のお陰であり、さらには文字通り二人三脚で私を支えて下さった福留事務局長をはじめ、中矢幹事、安原幹事のご協力の賜物です。心からの御礼を申し上げて、3年間の会長としての仕事を締め括りたいと思います。ご支援、本当にありがとうございました。

ところで、冒頭に触れた東日本大震災の直後から「想定外」という言葉を何度聞いたことでしょう。かくいう私にとりましても、この大会で再び皆様の前に立ち、就任の挨拶をするなどという想定は微塵もなく、まさしく想定外でありました。まったく個人的なことですが、十干十二支を一巡した年齢の今年、もう一度初心に戻り、一人の会員として比較教育学というこの学問を本気で学び直そうと思い、さまざま計画を立てておりましたが、再任という事態により、相当の変更を余儀なくされてしまいました。こういう個人的な思いはさておき、大事なのは3年間に為してきたことも踏まえて、これから何を為そうとするかです。辞典刊行という大目標が未完成でありますので、これを速やかに達成すべきことは論をまちません。執筆者の皆様、そして広く会員の皆様のお手元に届けることができるよう、さらに鋭意努力して参ります。

わが学会は微増ながら依然として会員の拡大傾向を示しております。しかし、拡大を手放しで喜ぶことは余りに楽観的です。量的拡大のなかに危機が存することもあり得ます。「比較教育学」とは何ぞやという本質的問いの部分での揺らぎです。それに向けての探究を示す試みの一つが辞典編纂でした。学会として、この根本的課題に対する探求は引き続き行って行かなければなりません。研究方法論に関して、比較教育学研究方法の科学化が目指され活発な技術論的論議が交わされた70年代までと違って、それ以降はポストモダニズム、ポストコロニアリズム、ポスト構造主義、さらにはフェミニズムなど、いわゆるポスティズムと総称されるような思想に基づき、それまでのテクニカルな論議に代わって、教育を捉える根本的な視点・観点を変えることから新たな比較教育学研究の在り方を模索することが活発になりました。しかしながら、こうしたアプローチも世界的に見て、いくぶん行き詰まっているのではないかと思います。より技術論的な立場から注目されたエスノグラフィックな方法論も、データ収集や観察から理論化へ至る道筋は必ずしも明確ではなく、この点での技術論的な改善の余地があるように思われます。

その一方で、研究方法論の深化にのみ拘泥するのではなく、かつてアルトバック氏が喝破したように、学問的に「おもしろい」研究を積み重ねることのほうが、よほど建設的であるとの考えもあります。但し、この場合にも、あくまでわれわれのレゾンデートルである「比較」の2文字から離れることがないことが重要でしょう。まさに「比較」を追究する研究を学会として後押しすることがこれまで以上に必要です。同時に、この学問の先端ないし最新の知見を含めて、若い世代、学士課程レベルの学生に「比較教育学とはどういう学問か」についてきちんと伝えられる正統派の素材も必要です。研究委員会、紀要編集委員会とも諮りつつ、学会としてこれらの研究に力点を置いてはと考えます。このように、研究の中身に関わる事柄だけを考えても、解決すべき課題は巨大ですが、可能なところから着実に進めていきたいと思います。

次に学会としての管理運営方法の改革です。いまや会員数が千名を越え、しかもその約1割が海外在住であることから、日常的な会員の名簿管理および会費納入の管理業務のみでも、たいへんな事務量となってきました。これは今後どの機関が学会事務を担当されるとしても、ますます大きな負担となっていくことは疑う余地がありません。そこでより上質かつ効率的な会員サービスを実現するために、総会での承認を経て、学会事務の外部専門業者への部分的委託を実行することになりました。こうした部分的外部委託により生まれた時間的余裕は、いっそう実質的な中身の充実に充てたいと考えます。とにかく学会の管理運営体制の改革元年となることを目指し、これから延々と続いていくはずの本学会の事務インフラの整備に努めたいと思います。

冒頭に述べましたが、会長再任などという事態はまったく頭になかったことですから、種々の構想は未だ緒に就いたばかりであります。また、理事による間接選挙という仕組みでは、本当に会員多数のお気持ちを反映した結果であるかどうかは甚だ疑問でありますが、所定の手続きに従って選ばれたからには、改めて本学会のさらなる発展のために微力を尽くして参りたいと思います。何卒これまで以上のご支援、ご教示を賜りますようお願いを申し上げて、ご挨拶といたします。

2011年8月1日

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